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2012年 08月 06日

比叡山麓のお寺の鐘が今年も鳴った

 今日は広島の原爆記念日。わが家の裏の浄土宗のお寺から鐘の音が響いた。毎年のことだ。長崎の原爆記念日にも。
 京の町中にある千を超えるともいわれる寺がみんな鳴らしていることだろう。私が京都にきた昭和28年以前から──
 このお寺では、阪神大震災のあの日、そして3.11のあの時間にも鳴るようになった。

 広島市長の平和宣言は凛々しく力強かった。原爆のない世界への祈りと誓い。テレビは、広島市長のUPにつづき野田総理のUPを映す。連日の難局凌ぎのお疲れか、大きな顔がさらに大きく、いやに浮腫んでさえ見える。
 広島市長は福島原発の被害にも触れた。現役の市長にかかるリスクを越えて、政府への要求を総理に向かって直に釘を刺した。陳情でも嘆願でもない「国民への責任を果たしてください」というまさに要求であった。
 その後、野田総理の挨拶(あくまで挨拶どまり)があり注視して聴いた。
 広島市長が原爆60%・原発40%ぐらいのウエイトで印象づけた宣言に対し、野田総理は原爆95%・原発5%ぐらいしか感じられない力配分。やっぱりそうか。そうだわなあ、と思えただけ。

 その後、こども代表(小学生の男女)による「平和への誓い」。
 あの「文部科学白書」に異例扱いで掲載された「天を恨まず」で、原発被害について一言も触れず答辞した言葉とはまったく違っていた。梶原裕太君のせいではない、東北の人たちのせいでもない、そう仕向けた、やらせただれかがいた。今では分かっている。
 子どもたちの言葉のなかに、福島から遠く離れた広島の地へ避難してきた子どもたちは、広島のみんなと仲良くなれてよかったといってくれた、その言葉がうれしかったと。


 野田総理の挨拶のなかで、非核三原則維持の話もあったが、今の民主党のなかで、自民党以上に右派の党幹部が頭角を現わし、その幹部は京都・左京に票田をもち、平時より100メートルおきに顔写真ポスターを貼りまくっているその人。
 これから政局はますます怪しくなる。政党でなく「どの政治家が信じられるか」。私利と政局でぶれる政治家にはもうみんなうんざりしている。
 次期の選挙までによくよく真偽を見定めて、投票したい。

by kuritaro5431 | 2012-08-06 13:41


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