哲学から演歌まで  

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2012年 07月 24日

「ペンディング・タグ」を貼りまくる

「ペンディング・タグ」という言葉は、最近私が思いついて名付けたものである。

 ちょっと気になったこと。大いに気になったこと。いろとりどりの気がかりなこと───「哲学から演歌まで」の雑食系の食欲で、できるだけ幅広く、正反両方の見解にも気配りしながら深掘りもしたい。
 そんなことができるはずもないのだが、やれるところまでやってみたいと、今までやってきたことに、名付けただけのものである。

 関心事INDEX法とか、想像力拡大法とか、イメージ・ネットワーク法とか、反意語による連想拡大法とか、努力のいらないネットワーク式記憶法とか、勝手気ままに思いついたことをまとめた、後付けで考えた名前である。

「ペンディング・タグ」とは、私たちが毎日、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・知覚・感情・思考・意志を刺激されつづけている。刹那に消えるもののそのなかで、よくも悪くも残るもの、それを言葉にして「心にとめておこう」というのが元々の思いつきである。だれでもやっていることである。

 心に留めておくために、忙しい現役時代はカードに書きとめることもやったが、習慣化し、無意識にできる自動化までにはいたらなかった。その弱点をカバーするために私がやったのは、記録を取らず、言葉ではなく意味を記憶し、ネットワークにして憶えようとした。そうしておくとその周辺の意味関連を思い起こすと狙う言葉に難なくたどり着ける。そのやり方を習慣化しようとした。ある程度は、成功したが、多くのこぼれもでた。

 3.11を機にあふれんばかりの関心事がでて「NHKラジオ深夜便」から、「テレビのニュース」から、「テレビの特番」から、「国会中継」から、「識者の講演」から、「新聞記事や広告」から、「メディア・コマーシャル」から、書店に並ぶ本」から、「購入した本のなか」から、「過去から抱えていたペンディング項目」から、などなどの関心事を、市販の白紙小型メモ用紙にピックアップした。

 例えばである。年のせいで、深夜に目が覚めて「NHKラジオ深夜便」をよく聴く。枕元にメモを置いていて、突っ込みたい関心事が現れると即メモをする。不明なところはその場で起きてパソコンでざっと検索して一応メモっておく。
 いつのまにか習慣化して、一穴パンチであけたメモカードをリングに通し書斎に吊すようになった。今は相当量になっている。

 これから先のやり方も、似たようなことを、以前からやっていたことである。
「ペンディング・タグ」の内容を同時並行で追っかけることはできないので、やっていたことというのは、ダグをつるしたまま「ほっとらかし」にしておくことだった。また思い出すときがきたらちょっと突っ込み掘り下げ「囓る」。そしてまた「放っとらかし」にしておく。その繰り返しをしていれば10年、15年もすれば多少の深掘りもできる。

 随分昔の話になるが、パソコンもなかった時代、大型コンピューターで「タイムシェアリング」という技法があった。新幹線のきっぷ予約と発券のシステムに使われていた。全国のみどりの窓口のみでなく、そこかしこに点在する旅行社の発券窓口からのコンタクトを一件一件処理・完結するのでなく、1秒の何万分の一?という高速で囓りさしにしながらまた戻ってきてまた囓りさしにする。それを超高速で処理するから、あたかも待っている客は、並行処理しているように感じる。
 これはおもしろい概念で、ハンドリングの作業にも適用できると思ったものだった。

 この発想を取り入れたのが「ペンディング・タグ」であった。
 タイムシェアリングのような高速処理にはお呼びもしないが、5年、10年という長いスパンでやるタイムシェアリングも、時間の経過のなかで内容が発酵する長所もある。


 この「ペンディング・タグ」の考えは、前号で、姜先生が最後にいわれた「いつも目覚めていること、時代の「不寝番」としてしっかり目を開いて見つめる」ことのツールとしても役立つかも知れない。

 日頃時間のゆとりのある後期高齢者だからできることだろうが───

「シェア」という概念に出会ったのは、新幹線が開通した1964年ごろだったか。
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by kuritaro5431 | 2012-07-24 17:44


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