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2012年 02月 21日

天を恨まず

 平成二十二年度の文部科学白書に東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市立階上(はしかみ)中学校の卒業式で梶原裕太君が読み上げた答辞が全文掲載された。極めて異例のこととして。
 悲しみの中で十五歳の梶原裕太君が示した決意は今も全国の人たちを勇気づけていると。

 全文を掲載しておきます。


今日は未曾有の大震災の傷も癒えないさなか私たちのために卒業式を挙行していただきありがとうございます。

ちょうど十日前の三月十二日。
春を思わせる暖かな日でした。
私たちは
そのキラキラ光る日差しの中を希望に胸をふくらませ
通い慣れた学舎を五十七名揃って巣立つはずでした。

前日の十一日
一足先に渡された
思い出の詰まったアルバムを開き
十数時間後の卒業式に思い出を馳せた友もいたことでしょう。
「東日本大震災」と名付けられる天変地異がおこるとも知らず……
階上中学といえば「防災教育」といわれ
内外から高く評価され
十分な訓練もしていた私たちでした。
しかし
自然の猛威の前には
人間の力はあまりにも無力で
私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。

天が与えた試練というには
むご過ぎるものでした。
辛くて
悔しくたまりません。

時計の針が十四時四十六分を指したままです。
でも時間は確実に流れています。

生かされた者として顔を上げ
常に思いやりの心をもち
強く正しく
たくましく生きて行かなければなりません。
命の重さを知るには
大きすぎた代償でした。

しかし
苦境にあっても
「天を恨まず」
運命に耐え
助け合って生きていくことが
これからの私たちの使命です。

私たち今
それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。
どこにいても
なにをしようともこの地で仲間と共有した時を忘れず
宝物として生きて行きます。

後輩の皆さん
階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が如何に貴重なものか考え
いとおしんで過ごしてください。

先生方
親身のご指導
ありがとうございました。
先生方が
如何にに私たちを思って下さっていたか
今になって良く分かります。

地域の皆さん
これまで様々なご支援をいたたきありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

お父さん
お母さん
家族の皆さん
これから私たちが歩んでいく姿を見守ってくたさい。
必ず
良き社会人になります。

私はこの階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
最後に
本当に
本当に
ありがとうございました。

平成二十三年 三月二十二日
第六十四回卒業生代表 梶原裕太


 これを読んで涙が止まりませんでした。「天を恨まず」東北の人たちの強さを垣間見た気がします。悲しみにうちひしがれるのではなく克服し、乗り越えていくたくましさを。
 しかし「天を恨まず」なんていう表現は、一度でも運命を呪いたくなるようなことが起きないとでてこない言葉です。

 などなど多くの感動のメッセージが送られてきたそうです。私も情感に響くところ呼応しました。

 それにしても文脈が大人っぽ過ぎる。大人が添削に手を貸したか、筋書きををつくったか。そんな疑念に加えて唱われているのは「天」=地震と津波=天災のみで、「原発事故」=人災については言葉のかけらもありません。極めて異例といわれる流れがここにありそうです。この文章は「文部科学白書」のお墨付きなのです。科学の粋を結集した文科省公認の原子力発電所が、天災を越える大惨事を起こした。そのことに一切触れず、「未曾有の天災にもまけず」というフレーズが「◯◯科学白書」、文科省の官僚にとって都合のいいことだったことは違いないでしょう。官僚の企みを疑えばエスカレートするばかりですが、その当たりの大衆感情操作の企みと手口は善良な民衆からなかなか見破れるものではなかった歴史があり、今日があります。

 私がこのようなことを書けば、そこまで疑うこともないだろう。梶原裕太君の心情をよく表しているから多くの国民の涙をそそったのだと。それが日本人の共通した心情だ。といわれそうです。

 今日はそうともいえる、ということにしておきます。後々述べる政府・御用学者、東京電力を含む原子力村、との正常でない関係を読まれ、納得される人々も増えると思います。

「絆」は民衆間のみでは成立するものではありません。ことに高濃度放射性物質を扱い、安全検査し、認可する機関や組織に対する国民全体の信頼こそ現代における「絆の原点であるこが3.11で判明」しました。それは原発問題に限らず、民主主義政治の根幹であることを明らかにもしたのです。
 


 
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by kuritaro5431 | 2012-02-21 15:05


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