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2009年 05月 06日

阿頼耶識 あらやしき

 15年ほど前に、NHKの教育テレビで、フロイトの深層心理と、唯識(ゆいしき)仏教の深層心理が、よく似ていると図表で比較した解説があった。
 唯識仏教では、人間の心の構造として、表層心理に「眼識」「耳識」「鼻識」「舌識」「身識」「意識」の六識がある。その奥に、深層心理として「末那識(まなしき)」さらにその奥に自己根源体としての「阿頼耶識」があると。
 フロイトの心の構造としては、表層心理は同じで、深層心理では「末那識=自我意識」止まりだった。もう一つ奥の「阿頼耶識」に相当する深層心理はなかったと記憶している。
 欧米で一番奥にある深層心理は、自我意識といわれていることがこの説からも伺えた。

 その後「阿頼耶識」という認識が日本の仏教思想にあったことに強い関心を持つようになった。

 今まで書いたこのブログのなかで何回か「阿頼耶識」という言葉を使ったが、欧米的な知識が主流の現代の日本人にはなじめなかったのではなかろうか。
 自我意識のその奥に「阿頼耶識」という純粋内識の東洋的世界があることに私はすごく共鳴し、もう少し考えてみることにする。

 「阿頼耶識」とは、実はそれ自体、その人の自己根源体である。
 自己根源体は、蔵のような住処のなかにいる。何代も何代も連なったDNAが混じりあって、現在の自己根源体となっている。
 蔵には外界とつながる小さな出入り口があり、そこからこの世に生まれた後、現在に至るまでの刺激が刹那に連続して入ってきている。それは一日八万回もの情報(画像、言語、音、光などの)が収録されるといわれ、とどまることなく根源体は流転している。善の刺激を受ければ善に燻習(くんじゅう)し、悪の刺激を受ければ、悪に燻習する。無意識の深層世界で互いに影響されながら種子(しゅうじ)としての「力」「能力」となって「自己を生み出す特殊な力」となる。そして時に表層に現われる。

 欧米においては「自我の確立」を最高次元とするが、東洋思想、ことに仏教においては「自我の超越」こそ最高次元とされている。
 唯識仏教においては「阿頼耶識」の世界で「自我を超越」する。


 フロイト(1856-1939)心理学者
 唯識仏教=紀元後3.4世紀ごろインドで興る. 日本でも仏教の基礎学問として学ばれている. 法相宗.
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by kuritaro5431 | 2009-05-06 15:20


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