哲学から演歌まで  

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2013年 10月 30日

みずほ銀問題/から思うこと

 今、10/29のBSプライムニュースを見終えた。前の記事〔~③〕まで、13もの記事を書き終えたところでもあり、大変興味深く危機意識をもって感じるところを感じた。

★出席者の2人(元・金融庁長官五味廣文氏とフレームワーク・マネジメント代表取締役津田倫男氏・以前20年銀行勤務経験者)は、「健全な金融のあり方……」といういい方を何度かした。つい最近発表された政府の2つの金融方針についても、民主主義・自由主義経済における法律の意義と限界を如実に表している、と私はおもいながら聞いた。
 方針には専制君主・一党独裁の掟のような強制力はない。「健全な方向へのベクトルともいうべき指針である」。法律・省令・地方条例とか既存の法律からの判例も含めて、いかに健全な運用をするかに掛かっている。国民の権利と自由を守りながら「利用者の自発的発展性を促進する」。その健全性は、時代とともに変化する国民の生活習慣や文化的価値観などと、法律や条例の制定時期はいつもズレ現象を起こし、後追いとなるリスクを抱えながらも。
 そんななか、悪質取引は金融・銀行業界にしても、法に触れない隙間くぐりのやりとりは、法律より先行して発生する。元々法律とは、人間の本来もっている「倫理観」を、時代に合わせ法制化されたものであり、法律より「倫理」が優先すべきものなのであったはず。倫理観は、民族や宗教と根深くかかわり成立し今も存在しているが、この「みずほ銀問題」においては一応、自由民主主義圏での反社会的〔族〕〔集団・組織〕とB/K とのかかわりのありかたについての話が中心であつた。

★日本で認識されている法治国家とは「法に違反さえしなげば、何人も罰せられることはない」。「法に触れたという〔物的証拠〕〕がなければ状況証拠だけでは、疑われてたとしても、〔疑わしきは、罰せず〕の原則で、違反者は罪にならない。もう一つ要のポイントに「自力救済の禁止」というのがある。争いごとを当事者同士自力で決着をつけてはならない。すべて〔法〕の定める手続きで決着をつけねばならないということがある。ここに法治国家ならではのリスクがある。

 そこで話は戻り、自己の被害の元となる〔物的証拠〕を隠す、消す。さらに〔物的証拠〕を醸す〔状況証拠〕を隠す、偽る。疑われそうな情報は公開しない。どんどんそんな方向に世の中が進み、金儲け、利権のためならなんでもやるようになっていった。特に景気の悪い時期は、自社や自己の所属する組織や集団がステークホルダーなどによって悪者扱いされたりすることに防御本能が過剰に働くようになる。それは日本のあちこちで起こり、情報の防御と公開をめぐる議論となって発展した。それにより法整備は進み、公正・透明な企業・団体・組織であることの情報公開が義務づけられた。許認可業においては、これらと関連して、法の定める業務規準の遵守励行が義務付けられていった。
 透明で公正な自己集団の様を公の場に公開することが社会からも、民衆からも、消費者からも信頼を得るその流れが、成熟社会・情報化社会における最良の手段とされるようになった。そうでない会社や組織は疑わしと、ジャーナリズも民衆も感じ思うようになっていった。
 なのに、社会や民衆からコンプライアンスの信頼を失えばどうなるか、みずほというブランドイメージはどうなるか、あまりにも無頓着、危機意識のなさ、複雑怪奇に情報操作の重ね塗りをやり過ぎて、やった本人でさえ情報の伝達ルートが分からなくなってしまっていた。

★他のホールディングはそこまでにいたらすなぜみずほだけそうなったかの理由を、津田倫男氏は、あくまで推測の域を出ない話として聞いて欲しいと前置きして次のようにいっていた。
 それには、みずほが3社統合した過去の経緯が起因しているといった。
 戦後の日本経済成長を支えた3大メガバンク。Dバンクは、一般生活者向け、Fバンクは企業向け短期 Nバンクは国策の企業向け長期。この3大バンクの特徴を生かしての統合(同等合併)であったが、3つの特徴を機能統合化し、機能発揮する組織統合ができなかったから、←津田倫男氏。
 統合の過程で、各社はそれぞれに〔族・群の誇り〕を持っていた。その誇りがカルマとも思える負の継承となって、〔真の統合〕を拒んだ。←この行は筆者の文。
 3つのバンクは、各社の特徴を生かし「利用者にそれぞれ貢献の役割を演ずる」はずだった。←五味味廣文氏。

 以下は私の感想。
 各社の誇り・よりどころとは、よくも悪くも日本的共同体としての集団的アイデンティティの仕業。生い立ちの違う者(同一性の条件をみたさない者───黄色と三角は統合できなかった)悲劇とも。同等合併などというきれいごとはなかったはずなのに。どの業種の合併・M&Aにおいても。
 やはり、同一性のないもの同士は発展しない。ほんとだったか。

 その理由をを津田倫男氏は、「こちらにも言い分がある。それをいえば相手も言い分を主張するであろう。それぞれの出身者は同じことをおもってるはず。とみな考えたのだろう、それなら気づいたことがあってもなにもいわんこと、足を引っ張り合うほどの積極的なものではないが、善いことも悪いことも知って知らん振りして今を穏やかに過ごす。それが一番いいと思っていたのではないか」と。

 「合併後よくコンピュータートラブルが起こった」との津田倫男氏の発言にさもありなんと私は思った。
 コンピューターシステムは、パソコンと違って、システムの本部に大きなホストコンピユーターがあり、その傘下にさまざまな業務処理をやるサブシステムがカテゴリー別に多層的にぶら下げている。膨大な業務のデーターがホスト経由でリアルタイム処理で自動連動している。メガバンクともなれば、当然サブシステムの集積型ではない。トータルなアーキテクチャーとして設計されているはず。設計は、演繹的論理で、トッブに「経営理念=Mind identity」をもってきて、業務カテゴリー別のコンセプトも作られていよう、さらにはシステムの機能設計としてのFancion Treeの論理で作られていよう、そしてそのシステムに日常慣れ親しんでいる多くの行員としてのオペレーターがいたはず。
 そんな一団の〔族〕が、他の2行も同じくアィデンティティをもった〔族〕の集団である。旧行の共同体の一員であった箍を外して、一人の個人として新しい組織に主体的役割を持って参加できるか。そして利用者に対して好都合のサービス提供者になれるか。難易度の高い課題である。

 他行のホールディングはなぜこのような失態を演じなかったか。2つのホールデイングには、3行の中で図抜けたリーダー、統治者がいたこと。また、時代をリードできるビジネスモデルを持ち、揺るぎない市場基盤を確立していたから。など、対等合併でなく、他の2行を実質的に吸収していたから。と津田倫男氏はいった。


 この番組での話題は、今金融業界に勤めている経営者以外のすべての人、またこの業界に就職しようとしている人にとっては、あまりにも重すぎる問題であろう。政府や中央省庁とメガバンクの経営陣クラスでないと手に負えない、いやその人たちとて手に負える話ではないと受け取れたことだろう。
 まして2007年におきたリーマンシヨックにいたっては、世界の金融秩序の問題であったから。
 五味廣文氏は「金融には、貸した銀行にもメリットがあり、借りた側にもメリットのある方式と、マネーゲームと同じく、勝った者と、負けた者が必ず出るファンドがある。リーマンショクは、その種のファンドが起こした資産価格暴落現象だった。サブプライムローンという債権をあたかも資本と思い込ませた借金の転売による多重債務ら発生したものだった」という意味の話をしていた。日本のメガバンクも参加していたと。
 そんな複雑怪奇な仕掛けがまかり通るワールドが金融業界なのである。
 なのに新卒の就職希望先としてメガ都市銀行は上位。

 私も一庶民として、われわれの生活にもつながる問題として今回の「みずほ銀」問題にまつわる問題を、強い危機意識をもって見守っているものの、個人の力で、強力なXYZのパワーが絡み合う組織には打つ手は組み立てようもない。「まさに正解のない時代」そのものの現実である。
 それかといって自分と関係ないマターだからと、波風たたぬ〔場〕にいれば、みずほの行員と「同じ轍を踏む」人間になる。

 この話にでてくる信販会社のことを50年以上も前に勤めた三菱の自動車ディーラーでのことを思いだしていてた。国産の乗用車の販売価格が一人当たり国民所得より安くなったとき、国民車として急速に普及する、というジンクスがあった。それまでの自動車といえば95%が商用車(トラックとライトバン・3輪トラック)だった。商用車を使うところは零細企業でも当座預金口座を持っている。小切手や約束手形が発行できるということ。当時から割賦販売は行われていて、20回分割なら購入時に20枚の約束手形を切って支払っていた。売主のディーラーは、受け取り手形の不渡りもあることから、割賦債権の担保に、その車の所有権をディラー名義にし、所有権を留保した。動産には公簿がないので所有権を公的に証明することはできない。動産の中で特例として公簿があるのは登録自動車(特殊車を含み・軽自動車は除く)だった、今でも。運輸省の都道府県にある陸運局に登録すれば、運輸省のれっきとした公簿に登録されたことになる。その公簿に所有者◯◯使用者◯◯と記載される。
 自動車の割賦販売はこれからはじまった。
 ところが乗用車が売れ出したものの購入者のほとんどは当座預金口座を持っていない。割賦代金としての約束手形が発行できない。そこで自動車産業振興のために割賦販売法という法律が制定された。それにともなって、割賦代金担保のための「普通預金口座でも、発行できる◯専手形」制度が制定された。約束手形としての機能は、手形法に定められたものと同等であった。ところが運用の煩雑さもあってか、間もなく廃止になって、今回話題の信販会社が債務保証を代行するようになり、銀行の自動車ローンへと発展していった。これも自動車産業振興の一貫であったはずだ。(このあたりで私はディーラーを退社しているので、それ以後の実態は掴んでいない)

 ところが、流れ聞くところによると自動車販売に纏わる金融は、複雑な進化をとげているようだった。
 たとえは、新車購入ユーザーとディラーが、3年後いくらで下取りしますと契約し、その差額だけローンに組み、ユーザーは支払う。3年後ユーザーは新車に乗り変える。それを繰り返すことにより、ユーザーも、ディラーも利益を享受する。
 これだけのことなら驚かないが、殊に下取る中古車の販路である。昔は、町のモーター屋が、なじみの客に整備して売っていた。それもモーター屋の収益の柱だった。ところが、今の中古車業者は大規模資本がやっている。恐らく3年落ちの日本車なら、ロシアをはじめ、アジア諸国、中東にいたるまで新車よりいい商売をしている専門商社がいるみたいだ。グロバルマーケットを背景にもつ、大規模中古車専門商社は、扱う車両の車種や台数は、メーカー系列のディーラーの中古車販売センターとは桁外れに多いデーターを持ち、解析している。そこで彼らが車種別年式別中古車相場を形成したとしても、不思議でない。
 それは、新車メーカーの下取り価額まで左右しかねない。現に、そういう動きが、インターネットの相場欄にでている。

 そこまで、自動車販売の金融は進化していると思われる。



 この特別番組を見終わって、金融のプロの2人の話を聞き、私はこのような連想を過去や現在、未来に馳せた。

 問題の対策を難しく複雑に考えるのは「しんどい」から、ともあれ日本的「絆」を、情緒的人間関係で結ぶようにさえしていれば楽だ、「今がいい」「今のままでいい」ということになるのだろうか。

 2人のプロはこの番組を通して「金融の健全なありよう」を語り。「志」を高くともいった。
 
 締めくくりに、フジテレビ経済部長兼解説委員の大山泰氏が「イノベーションといえば、製造業の技術革新のことのようにいわれるけれど、金融業界においても、健全な革新としてのイノベーションが必要と感じました」といった。2人のプロも深くうなずいていた。


 私は改めて思った。これだけさまざまな領域が専門化してくると、深掘りして掛からないと「ディフェンス」も「オフェンス」もできたものではない。また、それとは反対に総合化、異分野とのコラボが今ほどいわれたことはない。
 いくら有能な人たちでも、一人の知力だけで総合化できない時代に入っている。
 映画制作でいえば、ディレクターより優秀なプロデューサーが求められる時代のようだ。仲代達也が、いま映画・演劇界に求められることは、優秀なプロデューサーの出現だといった。

 これからのビジネス企画にしても、ファンドの知識は必須でしょう。マックスウェーバーの3つの合理性の内の3番目の「形式合理性」は、数学、統計学の必要性をいっていることでしよう。凡夫の私は、相性のいい(同一性)それぞれでできる人と仲良くなり、その連携でコトを起こすしかないと考えるようになった。
 それにしても「哲学的」という言葉だけで嫌われるのも事実。さまざまな形態の選民(意識)が世界中に存在し、そのパワーが倫理を越えて躍動しているのも事実。



 






               
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by kuritaro5431 | 2013-10-30 07:16
2013年 10月 24日

「弁証法的論理」再考③

「黄色」と「三角」は、衝突もしなければ、争うこともない。だから互いに対立もしないが発展もしない。
 ということは「同一性」=(同質・同類・同族・同じ塊・同じ群れ、などと理解した)の条件下でないと、発展のストーリー(ドラマツルギーとか物語性に潜む、健全な発展性への憬れとしてのロマンチシズム)には乗れない。

 私が当時最も惹かれたフレーズは「人間は健全な発展性をこよなく望み、そのトレンドに憬れ、ロマンを抱き命を繋いでゆく動物である」と思えたことであった。
 このフレーズは、今の私が書いたもので、当時は漠然とそうおもっていたものを今書いたものである。
 ところが、この「同一性」の解釈は、心理学的傾向の強い解釈をしていたことに気づいた。


 アイデンティティという概念をはじめて提唱したとされるアメリカの発達心理学者・精神分析家 エリク・H・エリクソン(1902年 ~1994 年)(ドイツ生まれ・母はユダヤ系デンマーク人・父親の名は知れず、不倫の子とも)は、「アイデンティティ」という概念を「自己同一性」といっていた。エリクソンは生涯「アイデンティティ」といういいかたをしなかった。今思い出しても興味深いことである。

 当時(経済哲学の梯秀明教授の話を聞いた頃)は、私が知らなかったことでもあるが、この種の話は、話題にもなっていなかった。
 なのに、私はマルクス弁証法の領域近辺で「同一性」という概念にいやに執着していた。しかも哲学では「数的同一性」が重んじられ「質的同一性」は2次的に捉えられたらしいのに。この辺りのことは、哲学者・野矢茂樹著『同一性・変化・時間』哲学書房・2002年9月初版に書かれている。

 近年になってのことだが「同一性」について多少突っ込んでみた。平凡社『哲学事典』(昭和36年頃のもの)やら、岩波『哲学・思想辞典』(1998年初版、2012版購入)やら、その他マインドサイエンス類の本もを探った。

 すると、アリストテレスの時代からあった、ものごの判断を正しくする思考ツールとして論理学が形成されていた。伝統的には2つの論理学(「形式論理学と判断」「認識論と判断」)があったがここでは主流であった「形式論理学」に、「同一性」がでてくるのでこれを考えることにした。

 この「形式論理学のフレーム」に〔①同一律 ②矛盾律 ③排中律〕といものがあった。
 当時、左翼といわれる連中は、深くも知らない形式主義一般を嫌い、その中の「形式論理」も排斥した。
「形ばかり気にして、中身・実質のない代名詞」として議論によく使ったものだった。弁証法的論理学は、実在・実質・自然と人間との全生活の合法則性・などリアルな人間の営みとが整合する論理としていた。

 その形式論理学のフレームに、弁証法でおなじみの「同一性」や「矛盾」が肝心のところで関わっている。気になるところは「排中律」である。どういうことかというと、排中律は「真であるか、偽であるかいずれかであり、中間の可能性を排除される」というところである。
 岩波「哲学・思想辞典」においては、〈どの文も真であるか偽であるかのいずれかである〉を意味する論理法則で、正確には〈二値原理〉と呼ばれるところのもの、とある。結論的には〈二値原理(排中律)〉をもって実在論と反実在論と分ける規準としたとあった。ここでは反実在論を先に挙げた伝統的論理学の「認識論と判断」にあたる「直観主義」を指していることになるが、後に述べる「弁証法的論理学」からすれば、形式論理学も、実在性のない「反実在論」であることになるのだが。

 次に「同一律」とは、を調べてみると、
 同一法、同一原理、自動律ともいう、と。
 identitiy(哲)では、「あるものが時間・空間を異にしても同じであり続けること」とあった。
 ①物がそれ自身に対して同じであって、一個の物として存在すること。自己同一性。
 ②人間学・心理学で、人が時や場面を越えて一個の人格として存在し、自己を自己として確認する自我の統一をもっていること。自我統一性、主体性。

 「矛盾律」とは、
 同一律の反面を表すもの。矛盾原理、矛盾法。


 
 次に挙げる論説は、当時(私の学生時代)バリバリのマルキストで、2012.7.14~マックス・ウェーバー関連記事でも取り上げた丸山真男とも親交のあった 哲学者・古在由重(1901~1990年)(東大文学部卒・父は元東大総長・母は小説家であり自由運動の闘士)が、平凡社「哲学事典」に掲載された「弁証法的論理学」についての解説である。

 この①②③の関連記事で、どうしてそこまで、と、鬱陶しく思われる読者も多いことと思う。私としても、当時陶酔した記憶が蘇るものの、イデオロギー抜きの論理学として惹かれた経緯もあり、複雑で曖昧な気分でおりつつ、そう長くはなかったので全文を掲載することにした。私の思いは、後で述べるので、なにはともあれ一応読んでもらいたいと思った次第である。


「弁証法的論理学」は、世界のあらゆる具体的な内容とその認識との発展法則に関する科学である。
 論理学は普通思惟の外的形式に関する学問、すなわち「形式論理学」として理解される〔同一律・矛盾律・排中律〕がその原則として理解されているが、これは客観的実在を固定的に捉え、客観的実在に合致しない認識を与える。論理学が、客観的に実在を正しく把握するためには、その形式が実質的内容に合致していなければならない。そうでなければ論理学の法則や範疇は客観的現実と合致せず、認識の具として役に立たず、学問としての意味をもたない。
 また、実在的実質の形式を研究する論理学は、弁証法ともいわれる。すなわち、真の論理学である弁証法は、思惟の範疇を自然と人間との合法性の表現とみなし、範疇を自然と人間との全生活から導き出す。
 論理学を思惟形式の最高の形態としての弁証法に復帰させたのはヘーゲルであった。彼によって弁証法は科学的な論理性を考えられ、論理学は弁証法的でなければならぬことが明らかにされた。しかし、彼の観念論がその科学性をゆがめていた。
 ………………………………………………………………………………………………………………(筆者線引く)❶
 マルクスとエンゲルスとがヘーゲルの弁証法の神秘的ヴールを剥いで、その合理的核心を取り出し、それを唯物論的に仕上げた。レーニンはヘーゲルの弁証法的論理学を深く研究して、論理学と弁証法と認識論との同一性を唯物論の立場から基礎づけた。
 ………………………………………………………………………………………………………………(筆者線引く)❷
 この見地で展開された論理学では、問題となるすべての概念、範疇、法則などは、それぞれの人間の世界認識の発展におけるそれぞれのモメントであり、それらすべては固定的でなく、可動的かつ相対的に関連し合い、対立において統一されなければならない。        …………………………………………………………………………………………………………………(筆者線引く)❸
 レーニンは、ヘーゲルの論理学で示されたもろもろの概念、範疇、法則を検討し、唯物論的に翻訳し、弁証法をさらに発展、論理学を科学史の要約として捉えた。論理学は世界についての認識の歴史総計、総和、結論である。というレーニンの言葉は弁証法的論理学の本質を表し、その発展の方向性を示している。(以上が引用のすべて)


 そこでこれらに纏わる今となっての私の思いであるが、その一つとして、この古在由重の解説についてである。

 上記引用文に、私は❶❷❸と切り線(あえて実線にせず)を勝手に入れた。
 ❶と❷の間の文面は、まさにマルキシズム≒共産主義というイデオロギーと不可分の「弁証法的論理学」がある。❸以下については、レーニンという優れた哲学者としての側面は納得できるものの、共産主義者(政治家)としてのレーニンには、スターリンと不可分につながる思わしからぬ負のパワーを感じずにはいられない。
 私はそのころイデオロギーとは別に独立したロジック・ツールとしての論理学を求めていた。
 はじめから汎用性のあるロジック・ツールを求めていたわけではなかった。あの時代(多くの若者が安保闘争に疲れ、挫折した時期)私は私として、マルキシズムのもつ論理性にもなんとなく行き詰まりを感じ彷徨っていた。
 なにか粗っぽすぎる論理で現実を捉える様は、あたかも目の粗い掬い玉で現実を掬い、掬ったものが「典型だ」「本質」だといっているように思え、私の感性を満足させてくれないところがあった。掬い玉で現実を掬うという思考は、帰納法で現実の本質を掴む法。帰納法論理の緻密さが問題とも思ったが、いくら目を細かくしてもこぼれ落ちる現実に真実が残っているのではないかとの疑いが浮かぶ。
 そくな方向に膨らむ疑問が、ありのままの現実をそのままの姿で認識しようとする「現象学」に関心をもちはじめていた。

 そんな時期に、梯秀明教授の講義を聴き、「弁証法五段階」に思いを馳せ、その突っ込みから「弁証法的論理学」は、決して粗っぽい掬い玉のようなロジック・ツールではなく、生の人間の営みも抱え込む感性豊かな論理学と思えてきた。だから、人間のドラマを編む映画や演劇、さまざまな物語性に潜む健全な発展の論理・ストーリー性としてのドラマツルギーにも繋がっていると思えるようになっていった。

 このように「~の再考」を思うにあたった、大きな理由に、次のことが関わっていたと思っている。
 それは「弁証法的論理学」と「形式論理学」の根本的違いは「排中律」をどう扱ったかにある。と思ったからである。
「排中律」の定義から類推すると「排中律とは、真であるか偽であるかのいずれかであり、中間に存在するさまざまな概念や範疇は排除されるということ」と私は認識した。認識できた。
 この認識に対して「弁証法的論理学」では「中間に存在する概念や範疇のなかにこそ、生の人間存在の営みがあり、白か黒か択一的世界ではない自然のなかで命を紡いで生きている人間そのものの姿がある」「それでいて、内容をもたない形式のみの美についても人間は美しいと感じる動物であるところから、弁証法的論理学では、この範疇も抱え込み、人間の感性として肯定し、尊ぶ」ものと私は解釈した。
 このブログの「はじめに」のところで、左の端から右の端。左と右の極限の間に、無限といえる概念やカテゴリーや、さまざまな族や類が宇宙の星の数ほど3次元存在しているとの思いを書いた。
 こんな私のイマジネーションは、私というパーソナリティが形成したものなのか、それとも後天的な刺激によって形成されたものなのか分からない。そしてその善悪も分からない。


 また、とはいえである。
「弁証法的論理学」は、マルキシズムというイデオロギーから解放されず、その背景を色濃くもつことで成立しているようでもある。
 汎用性(どんなコンテンツにも適応可能な)のある論理学=ロジック・ツールこそ「形式論理学」が求めたところとも思えたりする。

 共産主義は、レーニン→スターリンと繋がる。
 レーニンには、哲学者としてのれっきとした見識はあったものの、「十月革命」においてニコライ皇帝一家の虐殺を実行した。帝政ロシアの秘密警察から徹底弾圧をうけたその体制から、権力奪取するにはその残虐さが必要だったことを知っていた、ともいえる。
 スターリンは、レーニンが理想とした共産主義を、一党独裁、専制君主のための政治の具にした。
 第二次大戦中のナチスドイツとの不可侵条約であれ、ヤルタ会談・ヤルタ密約における戦後処理のスターリンは、日ソ中立条約破棄にとどまらず、ポーランド問題他、覇権の悪しき欲望を拡大させた。日本人にとっても旧満州への侵入、多くの日本軍人のシベリア抑留の悪夢は、消えてはいない。


 また、マックス・ウェーバーが唱えたという、「ソフトVE」(Value Engimeering)に出てくる3つの合理性。「形式合理性」は、まさに「形式論理学」を起点としていることは間違いない。
 これに関しては、2012.7.14のブログ「漱石もマックス・ウェーバーも現代を予言していた(1)」の記事に載せている。丸山真男は、ウェーバー研究の第一人者でもあり、また先の古在由重と親交があった人でもあった。

 下記が「マックス・ウェーバーの3つの合理性」の再掲である。

1.価値合理性
目指している価値と、自分の思考過程なり行動なりとの間に、論理的一義的かつ明晰な意味関連の存在。

2.目的合理性
特定の目的達成のために、いかなる手段を選択すべきかが目標となるから問題となるのは、特定手段選択と目的達成との間にみられる因果関係が論理的に明晰にかつ一義的にとらえられていること。

3.形式合理性(因果合理性)
単なる目的合理性にとどまらず、さまざまな事象を数理的に、できれば数学的にとらえることによって、的確な予測を可能にし、さらにはまた目的合理的に対象に働きかけて、目的を実現させるための能力を著しく高めるという結果を生み出すもの。

 形式合理性(因果合理性)は、形式論理学が重要視した「数的同一性」とも符合する。


 こうして彷徨いながら、私の「汎用型ロジカル・シンキング」は、我流ながら実用化し、14年→14年→9年→そして定年後の20年をなんとか生きてきた。
 「弁証法五段階」は、私の描いた「虚」であったかも知れない。それでも私というパーソナリティとのケミストリーchemistry(相性)のよさで自分に、顧客に、社会に役立ってくれたと思っている。せいぜい私のできることはこれくらいであった。が80歳今の心境である。
 「虚」=(虚実皮膜・きょじつひにく)も、「成果を産めば實となる」。これはビジネスにも、広義のアートにもいえそうなことと思えそう。
 IN(問題の気づき・提起)→PROCESS(問題解決のストーリー)→OUTPUT(成果・役立ち)
 
 この記事で考えたのは、まさに〔PROCESS(問題解決のストーリー〕のところのロジックであった。INにあたるテーマが大きなものであれば、PROCESSにあたる物語は長くも複雑にもなる。そして物語性に潜む、「こよなき発展性への人間の願望が、その物語に触れる人たちをエキサイティングするであろう」。

 これは私の考える最も汎用性のある「問題解決力の原資」であり「クリエーションの源」と、思っている。。




 







                    
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by kuritaro5431 | 2013-10-24 16:35
2013年 10月 10日

「弁証法的論理」再考②

 この「~再考」の必要性に迫られた最大の理由はに、私が惹かれた「弁証法の五段階」の第一前提にセットした「同一性」を「質的同一性」と理解していたことに起因していた。最近そう思うようになったことだが、当時はまったくそのことに気づかず、気にもめていなかった。
 このことはこのブログを書きはじめてから、さらには、3.11以降の最重要な私のペンディグ・タグとして浮上していたから。

 ではあるが、この②の記事においては「弁証法の五段階」のもつ《発展するストーリー性の魅力について》書くことにしたい。というのは、弁証法とか、マルキシズムとかとは関係のないところで、最近このことを健全な立場で話された人から多々聞いた。また、そうでない人からも〈ストーリー性の魅力について〉聞いたところからの困惑の自己点検としてである。

 そもそもこのブログの「はじめに」の記事に書いたところでは、安保闘争に挫折した当時の若者の多くは、マルキシズムという支柱を失って彷徨い、実存主義とか、現象学に関心を示したものだった。その傾向はフランスやイタリアに起こったアンチ・ロマン=物語性の否定=あるいみで《近代》の否定、でもあったと私は感じていた。その流れは小説や映画にも反映していた。
 だからブログタイトルを「哲学から演歌まで」とした。哲学は欧州で生まれ、理性こそ人間だけがもつ力とした古代からの流れのなかにあり、他方、演歌は理性を重んじる哲学とは対峙的にある東洋的、いや日本的情念の肯定とみていたからであった。[理性]という極限から、[情念]の極致までには、宇宙の星の数ほどの概念や論理や価値観や倫理観やら感性が存在し、無数の認識のあり方となり、それらはいつも脈絡のない無秩序の世界で刹那に変化しているもの。一個のバーソナルな個人の内面・内部においても、刹那に右に左に上に下に、ランダムに定まらずノンストーリーで変化しているもの。
 そんなセッティングで書きはじめた私は、この年になって悩んでいる。
 姜尚中著『悩む力』と、同じく姜尚中著『マックス・ウェーバーと近代』にでてくる漱石はロマンを〈浪漫〉と訳した人でもあり、マックス・ウェーバーは、〈近代〉の危うさを予言した社会学者だった。2012.7.14から「漱石もマックス・ウェーバーも現代を予言していた」の記事を(1)(2)(3)(4)と書いたこともあるし────


 ということで、《発展するストーリー性の魅力について》の「~再考」の話に戻したい。
 
 私が前号の記事で書いたように学生時代[クラブの映画研究部]にた。その頃、映画や演劇界で話題になっていた《ドラマツルギーという概念》と《スタニスラフスキー・システムという演技理論》が、ロシア・当時のソ連の演出家・俳優の間で広がっていた。
 ドラマツルギーという概念は、物語性(ストーリー性)が人間個人の成長発展においても大きく関与する手法といわれていた。スタニスラフスキー・システムは、フロイトの心理学などを背景にもつ「内省と肉体でありのままの表現を目指す」方向性に、演劇論を越えて唱えられたものだった。
 両方とも、後の私の関心事となるアイデンティティ論(社会的自己と個人的自己および共同体社会と人間)と深い関係もあり、大いに私は触発された。

 当時は、マルキシズムを思想的背景にもつG・ルカーチとか、日本では佐々木基一などが映画の分野でわれわれに影響を与えていた。
 佐々木基一・高村宏訳『視覚的人間───映画のドラマツルギー』ベラ・バラージュ著(1884年ハンガリア生まれの詩人・作家・劇作家・映画批評家・映画理論家)が今も岩波文庫から発刊されることを知り、当時を思い起こそうと先月買った。
 この本の序言のなかにドラマツルギーに関するバラージュの思想が端的に表れている「創造的享受について」の中の一節がある。

 ────自分が子供のように無垢な人に、知恵の罪の樹から果物を与えようとする蛇みたいに思われるのである。映画はたしかにこれまでは素朴そのものであり、幸福の楽園であった。
 映画館の闇の中では、魔窟のある麻薬に酔いしれた雰囲気の中と同じく、どんなに教育を受けた、どんなに生真面目な人も、その格式張った教養と厳しい鑑識眼とを恥ずかし気もなく脱ぎ捨てて文字通り子供のむかしにかえり、ただぽかんと我を忘れて眺めることができたのである。そこでは、人は仕事ばかりでなく、気取りからも解放されて心からくつろぐのである。(中略)文学として軽蔑をもって拒絶しなければならないようなものに大粒の涙をながして─────(中略)。
 私はあなた方の楽しみを邪魔しにやってきたのではない。反対だ。わたしはあなた方の感覚と神経を享受能力がより大きくなるよう刺激すべく試みようと思って──────

 この一節は、今の日本の姿をとてもよく表しているように思う。


 「健全な立場で話された人からの《物語性》」

 京都大学春秋講義(秋季)にて
 「心の時代を生きる」 京都大学教育研究科 皆藤章教授の話。
 最近、うかがわしい話題の多い、短期早成資格の臨床心理士、SC(スクールカウンセラー)と呼ばれる人たち、クライエントといわれる臨床心理士の受診者への対応能力、 この人たちへの疑念は日々拡大している。 
 ところが皆藤教授の臨床心理士はやっぱり別格だった。千差番別の人格のクライエントにSCがいくら学習したからとて心的障害改善・治癒の方程式が示せるものではない。全人格で聞くだけ、といい、何十年来のクライエントは、毎年やってはくるが、私に何かを求めるわけでもなく、過ぎた一年を語り、報告にくる。あたしはただきいているだけ、と。
 そして皆藤章教授の肝となる話は、最初の自己紹介としで自分は多様な価値観をもった人からの影響をうけ、私という人格が形成されたこと。神谷美枝子「人間学」、ユングの「夢と人格論」「精神神話学」、加藤清「心理療法論」、宮本常一「民俗学」→忘れられた人間学、クライマー博士「医療人類学」、そして河合隼雄「いつか科学で捉えられないことが起こる」村上春樹との対談など。
 2つ目の肝は、「ひと一生(サイクル) 」=周産期→乳幼児期→学童期→思春期→青年期→成人期(ここまでが前半)→中年期→初老期→老齢期→継承期(次世代へのつなぎ)これが循環するサイクルチャートで示されていた。人生のあらゆる時期において、現代人の「こころ」は他者との関わりを望んでいる。「心」ではなく、深層も含む「こころ」。この関わりを通して「生と死」を体験する。
 3つ目の肝が「鍵概念」としての「物語というパラダイムの必要性」→特に「継承期における次世代への語りかけの必要性」=老齢期を過ぎ80歳を過ぎた人を継承期の人といい、そのサイクルを迎えた人は、次世代に自分の人生のすべてを語る責任があると。その世代はこんな生き方をしたという主張などではなく、一人芝居のような語りがいい、と受けれた。

 (私の共感)「人間は生まれてこの方、ずーと他者との心底からの関わりを望んでいる」「共同体の一員として社会の中の習わしや、ルール、掟をどう守ればいいのかの、建前上の関わり」と、もう一つは「一個のかがえのない存在としての命が望む本音からの関わり」。この2つは、「人間本来の健全な願望」であると私は思う。
 とはいえ、人間だれしも一生のうちのどこかで、「社会から」また「本音でこころを開き関わってくれた人から」の拒絶や存在否定を受けることがある。その衝撃は、政治的なものから、いたって個人的なものまでさまざまなもの。そこには自分の「こころ」と「命=生と死」にかかわるものから、日常の中の感情や意識のすれちがい、肉体的に受けた傷害の深さ浅さにいたるまで、加害者の感性の個別性と、被害者の感情や意識や感受性によってさまざまに変化し増幅もされる。
 「やさしい関わりや絆は美しい」そんな関わりで生きている人は憬れの人であり、尊敬の対象の人でもある。 3.11以降その傾向がメディアにで浮き立っていたが、最近は中立的に取り上げる局も増え、視聴者の声が聞こえてのことかと思えるようになった。東日本の震災と、福島原発の問題に絡む情報とか、また児童いじめ問題と教育行政問題にからんだ領域では変わらぬ状態が続いている。
 ところが洋の東西・古代・近代・現代を問わず、詩人や小説家、劇作家、映画作家、俳優などさまざまなクリエーターたちは「優しさだけの美しさ」に人間賛歌の焦点を絞りすぎると、人間本来の存在の姿を間違えるといわれてきた。
 社会的存在としての人間に迫害を加えた勢力に抗し、死を賭して戦った歴史の語り、記憶、ドキューメントの重要性もあり、。同時に、人間の「こころ」に潜む不可思議な望みとしての「魂の叫びとしての他者との関わり」のこと。形而上世界ともいえる主観の世界でイマジネーションという「虚」の思考を媒介して、人間ならではの創造を可能にするともいっている。
 このあたりは、特に私の感性と重なり共感した。

 (飛び入り余談)今、2013年のノーベル文学賞が決まった。期待度一位の村上春樹が落ち、カナダの82歳(私や岸恵子より1つ年上)の女性の短編作家というより文人(詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・劇作家・放送作家・随筆家・コラムニスト・文芸評論家)のアリス・マンリーが選ばれた。まさに継承期の人。そして、ドラマツルギーを唱えたベラ・バラージュに近いプロフィルであった。

 次の京都大学春秋講義(秋季)にて
 「豊かな老いを求めて───フィールド医学の現場から」 京都大学医学部卒、京大医学部神経内科医、その後、京大東南アジア研究所 松林公蔵教授 研究分野→フイルど医学・老齢医学・神経内科。
 
 ここでも、専門化して全人格アブローチ型の医療ができない体制下日本を飛び出し、東南アジアの医療支援でフィールド医学をこころざし。各国現地・現場で活躍。
 最後の言葉がとても印象的だった。
 フィールド医学=全人格的アブローチ医学→そのキーワード「科学+アート+哲学」と。

  「まやかしや欺瞞が臭う《物語性》」

 つぎの話は、趣を変えて、東京大学 安冨歩教授著(京都大学大学院経済研究科、人文研出身)の『原発危機と東大話法』。批判的健全性の本。話法=語りと捉えた。
 こちらに入れる類ではないが、前者にいれるわけにもいかず、こちらに入れた。
 三島由紀夫(東大卒)が、作家になる前大蔵省に入り、官僚文書の特殊な完成度に驚いたという話は有名である。「霞ヶ関文学」といわれたものだろう。官僚のいろいろなステークホルダーたちに向けて細部まで気配りしたディフェンスの効いた文章のことだが。こごで書かれている東大話法とは別物。
 
 この本の話を取り上げようというのではない。
 最近一連の政府自民党と、「アベノミクス」「オリンピック・フレゼンテーション」「原発プラントの外国への売り込み」「消費税アップの意思決定プロセス」などから感じる《物語性》についてである。

 なんといっても、この話にぴったりなのは「東京オりンピック招致のメンバーが仕掛けた綿密な組み立ての《物語性豊かな》プレゼンテーションであった。フレゼンテーション・コンサルタント(当然あり得る専門のプロ採用)の支援を今回は受けたと漏れ聞いた。ここにもドラマツルギーという理論・原理が適用されている。
 山崎豊子ばりの綿密な個別取材や、それぞれの委員の人脈を使っての受け手側のパーソナリティの調査。プレゼンテーターの順番、〘導入・受け手の疑問の提起・受け手の意表をつく山場・締めくくり〙(起・承・転・結)の組み立て。作家でもある猪瀬直樹東京都知事は「東京への招致にこの日本を挙げてのチームプレーとしてストリー性の組み立てと、【転の山場】での「原発の安全宣言」が功を奏したと。
 国内報道、海外のメディアでは、毎日のように「福島原発の汚水漏れが報道される中、「そこまでは言えないだろう」と思っていたマドリードは「裏を搔かれた」。IOCもそう思っていたところ、日本国の最高責任者が「危険水域にはいたってなく、湾内で完全ブロックされている」「一部の危惧も7年後までには日本の技術で完全ブロックしてみせる」といい切った。
 IOCにしてみれば一国の総理が世界に向かって約束した。「国際常識では守られるもの」と判断できた。IOCも財政の不安なマドリードよりはましとの判断の顔がたった。
 安倍総理にしても、猪瀬東京都知事しても、7年後現職にいる可能性は薄い。まして安倍総理はその可能性なしといってもいいくらい。
 これほど日本の原発稼働の危険性、放射能漏れ問題が取りざたされているのに、それを逆手にとって原発事故の経験を生かす信頼できる日本の技術といって、輸出外交までやるアベノミクス。廃炉問題にしても日本の技術力は必ず世界の難問を解決するであろう、と。
 消費税問題にしても、日本の財政事情から、多くの国民は引き上げる必要性を感じてはいる。いずれヨーロッパ並のの高額の負担の時代は覚悟している。先進国の中で一番負担率の低い日本と、報道も流す。ところが、どこの国も品目別負担率を変えいる。生活必需品と、贅沢品、中間的品目にしても各国はいろいろと工夫している。そこらのことは、ほとんど報道しない、されない。たまに報道したとしても、運用で各国は失敗している話、手間にとてつもないコストが掛かる話が出る。
 先だっても、キャリア官僚が「東北復興不要論」を匿名のSNSに流した話。公僕としての官僚の言語道断の話として、どの層の国民も怒った。元キャリア官僚の古賀さんが、テレビの中で、公の発言や、発信文書にはとても用心深い官僚だが、仲間内の会話では、日常茶飯事に語られること、といっていた。その結果、その官僚は発覚し、懲戒処分をうけた。官僚としてはとても重い、2ケ月の停職処分?だったとか。さらにあきれてそれこそ「開いた口が塞がらない」。

 これがもう一つの 「まやかしや欺瞞が臭う《物語性》」であった。
 これをまともに書いた「裏ブログ」に、こんなのがあった。「お・も・て・な・し」とは「表がなくで裏ばかり」と。
 そんな陰謀説を流す国賊がいるから国は滅びると。

 ストレートにいえばそうなるが、虚実ない交ぜのストーリーで書けば、嫌味のない皮肉になる。


 《物語性の魅力》についてのもうちょっとの余談。

★CI=Corporate identityの内訳=Mind identity 経営理念 Behavior identity 社訓・行動指針 Visual identity ロゴマーク等
 もう一つのBIは、→Brand identityに求められる物語性。古くからいわれたことではあるが、コンテツビジネスが叫ばれる今日 Brand contentsを物語に託し、ブランド政策の基幹にしようという潮流は復活してきたといえる。
 その背景には、ナショナル・ブランドもさることながら、地方から起こるさまざまなコンテンツビジネスの基幹(コンセプト)として使い勝手もよく、多様な「異機能抱き合わせ商品」とか「コラボレーション企画商品」にも、活用できる。

★あの「陸前高田の一本松」が、「千の風になって」の訳詞・作曲でも知られる新井満氏が「希望の木」と名付け、写真詩集を出版したことがきっかけで、「ここから未来へ」と、さまざまな被災地復興のプロジェクトや、活動が盛り上がっている。ここにも、「ものがたり性」の豊かで深い情動と人間の持つ「創造への期待」を感じる。

★奈良から京へ都が移る頃、京では疫病が蔓延し、三条粟田口に「宗近」という刀鍛冶がいた。一条天皇より作刀の勅命を受けるも向こう鎚を打つ若者がいなかった。ある夜どこで聞いたか、弟子入りを乞う若者が戸を叩き、向こう鎚を担ってくれることになる。そしてできあがったのを機会に若者は稲荷山(現・都ホテル裏山辺り一帯・祠あり)に帰って行く。この話は謡曲「小鍛治」となり、この刀には「小狐丸」という名がついた。この一帯にはいまも残る祠が幾つも現存する。祇園祭の長刀矛の長刀は宗近作で有名。疫病祈願だったと。
 この種の話は、京都のあちこちに埋もれている「通り一遍の話なら京都の人なら誰でも知っているが、京都人も知らない伝説が山ほどあるのも京都」。京都にきたいという外人観光客は、深く眠った京都を訪ねてくる時代となっている。

★ドラマツルギーと関係のある話としては、イタリアのネオリアリズモ(社会主義リアリズム)からフランスの、ヌーヴェルヴァークへの系譜が私には関心事であった。ネオリアリズモの先兵となったのが「無防備都市」の監督で有名なロベルト・ロッセリーニは、戦後の混沌の社会(戦争・大震災・不況・世代や人種・宗教)にドキューメンタリー映像でストレートに社会現象を実写した。彼の言葉をいまも忘れられない「中心のない構図」があった。それは戦時中ファシスト党のブロバガンダ映画への反撃であったのだろう。ドキューメンタリー映像といえども、カメラマンの恣意がどうしても含まれる。たがら映像に中心をおかないことと自制した。
 しかし戦後に平和が訪れる時期、混沌社会実写のドキューメンタリー映像は下火になった。
 そこでドキューメンタリー手法の被写対象を心象比喩に向け、その映像化で「新しい波」ヌーヴェルヴァーク運動へと繋がった。それは1950年ごろからのフランスでのとことだった。フランスでは映画に限らず多くの文化領域で新たな動向が勃興しつつあった。それはサルトルを中心とした実存主義や現象学を一つの発端とするもので、文学においてもひろまった。そのなかで精神的父となったロッセリーニは、当時も映画理論の祖とされたモンタージュ論を否定している。
 またヌーヴェルヴァークにはもう一つの側面があった。当時撮影所の下積みにいた助監督たちが経験なしでデビユーしたい若い監督の願望がくすぶっいた。その連中はロケ撮影中心、同時録音、即興演出など一連の共通性をもっていた。
 そしてヌーヴェルヴァークといわれる群のなかには、映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』(アンドレ・バサン主幹)で活躍した作家たちを「カイエ派」もしくは「右岸派」と指し、ドキュメンタリー(記録映画)を出自の面々を「左岸派」と呼んでいた。両派を総称してヌーヴェルヴァークと総称していた。
 「右岸派」の監督としては、ジャン=リュック・コダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロルなど。ジャン・コクトーは、アンドレ・バサンとともに「右岸派」の推進者の一人だったよう。
 「左岸派」の監督としては、アラン・レネは、「二十四時間の情事」「去年マリエンバードで」で有名。
 両派に属さないヌーヴェルヴァーク監督として、ルイ・マル「死刑台のエレベーター」「恋人たち」がいる。
 ということで、「右岸派」の唱えた「カメラ万年筆」。「左岸派」アラン・レネの」「去年マリエンバードで」で見せた過去・現在・未来(三界)にカツトだけで自在に飛ぶあの物語性の否定=アンチ・ロマン=〔近代〕の未来への危うさ。、「右岸派」、「右岸派」共通する何かを感じていた。それはサルトルの実存主義や現象学と重なって感じていたからであった。

★現代音楽の代表格のストラビンスキーの「春の祭典」。以前このブログにもちょっと登場したドストエフスキーにのめり込んでいた男の家で、21歳のころ聞かされたスイス・ロマンド管弦楽団 エルネスト・アンセルメ指揮の舞踏曲「春の祭典」の2部「犠牲」(いけにえ)のクライマックス。大型の真空管のオーディオはボリームをあげていた。
 そのときの心身への振動と衝撃は、感動とは全くことなる驚喜であった。
 凍土の大地シベリアに春を呼ぶ村の祭典。老若男女の村人が輪になって踊る。踊りは緩やかな動になり、おだなやかな静になり、その強弱はトランペットやティンパニーの不協和音の波に乗り、ときに止まったりしながらまた動く。長い祈りの踊りはつづく。
 突如ティンパニーの連打とトランペットの不協和音の高揚。踊りの輪の中の一人の娘が神に指名された。やがてその娘の踊りはひとり激しさを増してゆく。そのうちほかの村人は踊りの輪から離れてゆく。一人になった娘は、狂乱の神に憑かれたようにますます高揚する不協和音の渦のなかで娘は踊り狂ってゆく。ますますテンポは早くなる、ティンパニーとトランペットの不協和音。その音がMAXに高揚し、娘はエクスタシーに達し大地に倒れた。それはエクスタシーの果ての[死]の瞬間であった。あらゆる動が静止し、静寂が凍土の大地の上を流れた。そうしてシベリアの大地に春がくる。
 私は、この世にあるMAXの〔動〕と、おなじくこの世にあるMAXの〔静〕の極限から極限へ移行した〘落差のパワー〙に驚喜した。娘のエクスタシーに同調した。
 その指揮者エルネスト・アンセルメは、スイス西部のフランス語圏にあるレマン湖畔の町ヴヴェイに1883年生まれた。父は数学者であり、彼も大学で数学を学び、フッサールの哲学に絶えざる関心を寄せていたらしい。
 最近の新聞記事によると、もともとクラッシック音楽は、清らかな音を好むパトロン貴族に抱えられ形成された音楽であった。不協和音は清らかさを求める人間のからすれば雑音に過ぎなかった。
 それに対してストラビンスキーは、地方に住んだ土着の民族の叫びを不協和音の音楽に託したのでは、と書いていた。

 今年、NHK時代劇・山本周五郎原作の「五瓣の椿」の、燃えさかる火災のシーンに、この「春の祭典」のクライマックス・シーンがバックに使われていた。私はすぐそれとわかった。


 私はこんな経験を迷いなからもこれからも重ね、「弁証法の五段階」に潜む《物語性》の健全な感性と論理として、ビジネスにおけるロジカルシンキングにも加えブラシアップしたいと考えている。







  
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by kuritaro5431 | 2013-10-10 11:11
2013年 10月 07日

「弁証法的論理」再考①

 この記事を書きたいがために、随分と遠回りしてしまった。

 2013.9.2「実証主義の社会学と虚実を肯定した日本思想───日本のジレンマ」。この記事の最後の行に、次回「弁証法再考」で、私論を書いてみたいと思っている、と書いてから………

「選択した働き方」(1)(2)(3)(3.2)(4)(4.2)、「半フリー契約」の働き①②③と、9つもの記事で遠回りしていた。

 その理由の一つに、ブログの右肩にいつも挙げている「カオスの時代、ホワイトカラーの中間所得層をいかに増やすか」があった。
 その考えを長年背後からずっと押し挙げていた、それこそ私にとって虚実ない交ぜの「弁証法的論理の幻想か、私にとっては〔實〕であったのかの再考・再点検」である。
 それは、2009.4.23「弁証法 その1」から端を発した「弁証法の五段階」であった。

 私は、立命館大学の経済学部に、1953年(昭和28年)に入学した。美作のど田舎から京都にでてきた私は、制作ののやらない、学生自治活動の[映画研究部]に入部して4年過ごした。
 当時、私から見た京都育ちの部員の映画鑑賞眼は洗練されていた。取り柄のない田舎者の劣等意識はエスカレートしていったものだった。洗練された都で育まれた批評的鑑賞眼は作り手の感性ではなかったが、優れた創作者(クリエーターやアクター)の隠された美意識をも見逃さない優れた鑑賞者(美意識感受の消費者であり、自らもその時間消費を楽しむ消費者)であったといえた。

 たまたま、その時代、その時代の若者も、大学の学風もマルキシズムの潮流のさ中だったこともあり、私の劣等意識を凌ぐモチベーションとしても、私との相性も良さそうに思え、その潮流に乗った。そんな思いつきが思いの外発展して[映画研究部]のなかでの、優れた鑑賞者とは違うポジションを得た。
 そして、4回生のとき、以前から資本論研究で有名だった経済哲学の梯秀明教授の講義を聴き「夢か幻か、憑きものにつかれたよう」に「弁証法の五段階」という論理の幻想が膨らみ、私の情動と思考回路を刺激した。

 それは

 1,同一性(同種類の事柄)(同一性のものでないと発展のしようがない)
 2,差異性(それでいて異なったもの)
 3,矛盾(それらが互いに問題を抱えている)
 4,対立(やがてそれらは、紛争の関係になる)
 5,発展(そして、矛盾も、対立も越えて、新しい価値を創造することになる)
 
 であった。

 それ以降、私の思考を今日80歳を過ぎるまで支配した論理となっていた。お陰で「人間は生きてるだけで大事業をやっているんだ」と、いわれる世の中を生きてこれたと思っている。
 その時期(4回生の頃)なぜそんな幻想に取り憑かれていたのか、今となっては思い出しようもない。恐らく、4年間のマルキシズムへの憬れや学習と、映画研究部部内でのディスカッションから体験したものだったろうと思う。
 「同類の者〔族〕同士でも、違うところあり、そこには矛盾や対立は付きもの、それを越えて発展するストーリー(ドラマ性)にロマン(生産性)を感じたから」かも知れない。

 そして五十六年も経った2009.5.30の「弁証法 その3」にあるように、、梯先生の講義を今では唯一聴かれた立命館大学哲学専攻の服部健一教授から、私が問い合わせたこの件について、返事をいただいた。
 それまでは、マルクス弁証法として梯先生が話されたと思い込んでいたが、服部先生のご返事によれば、それはヘーゲルの言葉だった。それから私はそれらしい言葉をヘーゲル弁証法で探したが、服部先生がいわれたように、本流の説、三段階説しか載っていなかった。
 ほかに尋ねていた、ヘーゲル弁証法ととマルクスの弁証法の論理的違いは、、パーナリテイによって違うといわれた梯先生の話は、哲学者においてよくいわれること、と服部先生は書かれていた。その後、私にとってパーソナリティという言葉は、自己アイデンティティと深い関係性があるとの思いが深まっていくことになる。
「前方の旅と後方の旅」については、ここでは割愛する。

 最近、私のアタマを悩ます言葉に「同一性」がある。その言葉の説明に、あのとき梯先生は「黄色と三角は、同一性がなく発展しない、発展のしょうがない」といわれた記憶が幻想の中とはいえ今も明確に生きいる。

 哲学でいう「同一性」とは、質・類の同一性ではなく、数的同一性をいう、扱うと哲学書にはあり、それが私の頭の中を混乱させている。「黄色と三角」は、質的同一性であり、私が関心をもったのも、圧倒的に「質的同一性」であったから───
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by kuritaro5431 | 2013-10-07 13:42