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2012年 09月 29日

就活に最も有効な「問題解決力」とは (その1)


 新卒で会社とかどこかの組織に就職を目指す人も、再就職で待機している人も、企業や組織が望む人材とはと一点に絞っていうならば、断然「問題解決力」をもっている人といい切れる。

 とはいえ、新卒の学生には、実務的な「問題解決力」は必ずしも求めていない。なぜなら実務的トレーニングを行う場がなかったからである。あったとしても模擬体験ぐらいであろう。強いていえば、学内におけるサークル活動とか、アルバイト先でのこととか、ボランティア活動をしてのことであるとかには多少有効なトレーニングの場があったかも知れないが企業が期待するレベルまでにはいたってないと思われる。
 次に挙げる事項を満たさない体験・経験はあまり役立たない、言い換えれば企業サイドからは評価していないということである。

 次に挙げるスキルを求めている組織とは、企業でいえば概ね年間売上高50億円以上の会社、公共組織体では建前上すべてといえる。
 なぜ企業では50億円以上かというと、企業は創業から立ち上がって100億円規模の会社になるまでに「竈の灰までわしのもの」と創業者が思っていた時代を過ぎて、組織・体制もでき会社らしい会社になる(2 部上場もぼつぼつできる体質)からである。別のいい方をすれば、会社はオーナーの私有物ではなく、社会的貢献を自覚した社会的存在であると認識する時期と考えられるからである。
 50億規模から100億規模においては、前述の可能性をもった企業も存在するということである。50億以下の規模の会社においても、経営者の考え方次第によって前述の可能性を持った企業もあり得るということである。
 結論的にいえば、最近よくいわれる言葉にあるように「企業は規模ではない」という言葉と符合する。



 有効な問題解決力とは

①問題と感知する直感力

 職場とか、会社内とか、業界とか、社会とか、政治とかなどに現れる「ある現象」を「問題と感知する直感力」。
 問題を問題とも感じず見過ごす人と、問題として頭の中でピックアップする人とでは、ここで大きな差が生まれる。問題認識のないところに問題解決力の入り口はないからである。
 
 まず採用側の面接者は、その直感力をもった人間か、そうでない人間かは、顔色や目を見たただけで70 %の確率で分かると思う。単なる記憶重視の勉強ではその表情にでないことは面接者は知っている。さらに10分でも会話のやりとりをすれば90 %近い確率で分かるだろう。その他の採用可否の判断材料は「念押しのため」といってもいいくらいと私は思う。


②何をもって問題とするか

 自分が思う「あるべき姿」との「ギャップ」が「問題なのである」。自分の感性が現象を見て問題と感じるものが問題なのである。

 ここでいう、自分が思う「あるべき姿」はどうやって自己形成するかということである。そこでは「モデルを仕入れ」しようとしてはいけない。あくまで自分の考えたその時点における「あるべき姿」でよい。質の高さはいずれ問われるが、そこでは「あるべき姿の項目の量」が問われる。どんな領域にどれだけぐらいの数の「あるべき姿」をもっているか。それは即反応するものである。

「あるべき姿」=自分としての「問題」としてピックアップするかどうかの判断は、今までその問題に遭遇した経験の数によってつくられる。その経験とは知識というより経験の累積が知恵を生み「自分としてのあるべき姿」をつくる。
 学生に求められる経験とは、実経験はなくてもさまざまな情報資料から、またディスカッションなどを通じて自分なりに「あるべき姿」を模索した経験があればいい。その時の経験に対するスタンスのみが「問題解決力」の上昇の可否を決める。そのスタンスとは、「あるべき姿」の数を増やすことを目的化することである。このことに関しては、方向性(目的)を他にそらさないことである。


③「問題の真因」を掴み類似因子のものをまとめる

 個々の現象として現れる「問題」を個別に対応しょうとすれば「際限のないモグラ叩き」になり追っかけられるものではない。よく見ると現象は違うが「問題の真因」で見ると同じという現象がいくつもある。これから先のスップはは、訓練すれば頭の中だけでもできるようになる。
 これらをまとめて「~が悪い」「~ができていない」と問題の真因を抽象化した表札をつくる。原則としてはその表札単位に「あるべき姿」がすでにあるものとしてそれに対応する。
 対応する「あるべき姿」がない場合もしばしばある。その時は問題の表札カードが先にでき、後からあるべき姿としての判断基準が作られることになる。その次からは「あるべき姿」が規範となって機能するとになる。

(注)一般的に「問題解決力」の70'%は、ここまでの段階で決まるといわれている。要は懸念のある現象を「解決可能な問題」として認識できたということである。


④「問題の課題化」

 ここから先は、「書き言葉で設定」する。問題解決行動に参加する人たちと「何のために」「何をするか」の共通認識のために。これは必須要件。

 前段階で捉えた「問題」は、それ自体ネガティブなものであり、解決するためには「~すれば解決する」というポジティブなものに転換した方がいいというこになる。

 今までのステップを振り返ると a「問題を含んでいるらしい現象の気づき・発見」→ b「個別の問題としてピックアップ」→ c 「問題を真因単位にまとめる」→ d 「~すれば解決するという課題の設定」ということになる。

 一般的に、a の段階で50ケの問題現象があった場合、c dの段階で問題は真因に迫り、抽象化され6つか7つに集約されることになる。

 ここまでのステップの目的は「課題(問題解決のためやらなければならない事柄)の設定」であった。

 ここでの課題表現は、以降「課題」を遂行してゆく上でどんな方策でゆけばいいかがイメージできるものが望ましい。
 とくに大事なのが「課題表現」である。

 この段階が、さきに述べた30億以下の規模の会社では、社長自体がこんなめんどうなことをと嫌う。コンサルタントに「コンサルフィを払ったのだからそちらでみなやってくれぇ!」という人が多い。社員一人ひとりが自ら問題解決力を身につければどんな会社に変わるか想像できない。そのことが分かっている会社とでは決定的に違う。そのことはいっておきたかった。


⑨「課題」単位で問題解決プラン(例)

 1.表題に「課題」
 2.何のためにやるのかの「目的」の設定
 3.狙う期待効果(定量の目標および定性の到達点)
 4.課題遂行のストーリー(チャート)
   ・課題遂行のための数本のサブ・アプローチテーマ
   ・サブ・テーマ別にどう絡ませ機能さすか、
   ・サブOUTPUTの統合と全体成果達成へのストーリー
 5.活動スケジュール
   ・期間
   ・サブテーマ別ワーキングスケジュール
   .プロジエクトメンバーの役割

(注1)この「問題解決の実務」は、私がJコンサルティングファームで実践したもので、実行に関心を持たれる方「FMC福島マネジメントコンサルタント」のホームページのメールマガジン「経営コンサルタント志望の皆さんへ」のバックナンバー第3号~第12号に詳細を掲載しています。適応業種は同ホームページの私の実績として掲載した中堅企業のマネジメント系領域でした。

(注2)この例⑨は、ソフトVEを使っての事例で、再三話題にしたマックス・ウェーバーの唱えた3つの合理性の2つ目にでてくる目的合理性を実務化したものでした。


 今回取り上げた「問題解決力」は、当然大企業の就活においてもベースとして求められるものである。⑨のステップは、実践的方法論として進化していっているものであり、多様な方法が存在している。
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by kuritaro5431 | 2012-09-29 16:42
2012年 09月 28日

[族]と[縁]を考えるその周辺

 [②のカテゴリー]

 前号で[族]についてちょっと触れたが、私がこのブログを書く動機として「人間はどんな人種であっても他者とか社会に役立ちたいと思っているもの」という考えが底流にあったからである。
 この一種の性善説は、とても普遍的な人間の「知」であり「情」であり「意」を形成しているとの思いがあった。という考えをする[族]の私ということ。

 ところが今回の尖閣問題の中国を見るとそんなあまっちろい性善説なんか通用しない伝統的な〈中華思想〉が背景にあることを知った。前のブログにも書いたアメリカの合理主義の典型と思える〈テーラーの科学的管理法〉も性悪説が前提であった。中国、アメリカもそれぞれそんな[族]の国だったのである。

 私の考えていた性善説は、東洋的なというより日本的なもののなかにあったのかも知れない。
 そこで世界の中の〈東洋〉という[族]のなかに[中国という族]があり[日本という族]があることを強烈に意識せざるを得なかった。
 そして日本の中にも「政党」とか「党内派閥」とか「学閥」「文系」「理系」「地域」とか「ライフスタイル」とか「ノマド」とか「パラサイト・シングル」とか、さらには「一神教」の「カトリック」「プロテスタント」多神教としての「浄土系」「密教系」「神道系」狩猟不定住の「縄文系」農耕定住の「弥生系」などいろいろな[族]がいることを認識した。そのことからこのブログを読んでいる[族]が他の[族]と違って存在すると認識した。
 そして、その族単位で[縁]をつくり、縁のネットワークの中で安定・安心を確かめようとしている社会形成が見えてきた。[ノマド族]はその典型。


 そこで私の自問、
 アメリカ的合理主義の効用といわれるセグメント思考(難問は、要因単位に分解して対処すると容易に対策が考えられる)への反発からセグメントとか分類とか族とかに仕分けすることを面白くないと捉えていたのではないか。そのはずである。
 パーソナリティを重要視して考えたのも、人間の群れとは個々のパーソナルな人間の集団なのだからと。さらには、個体の自分の中にもいろいろの思考をする立場の違った自分がいるのだから分類してみても意味がない。一個の個体は総体として存在しているのだから。
 この「分類することの否定」と「分類することによる判断の的確性の向上」の疑問は以前からあったが、今回もまた浮上した。
 振り返ってみると、この両者はケースによって使い分けていた。どちらを使うかは事前には分からない。だからケースによる訓練のみと思っていた。
 ここでは、このケースの場合、セグメント手法もありうるとしておく。


 現役時代は、冒頭に挙げた性善説的考えを一本底流に据えておけば好転できた。要は、私のモチベーションの源泉として─────

 ところが段々仕事を通しての生活が薄くなるにつれて自分の総体を反芻したくなり、63歳から大阪の朝日カルチャーセンターの「小説実作教室」に10年通った。また、その後「書道教室」に9年通った。余談だが、どれもセミプロまでにはいたらなかった。
 そこにも確かに「群れ」がいて[族]がいた。

 作家志望の者は、宝くじが当たる確率よりはるかに悪い直木賞やら芥川賞を非現実な幻想の世界で目ざす者が結構いた。同人誌にせっせと書いて『文学界』の同人誌欄に自分の作品批評が載ったり、メジャーな新人賞への投稿に血道をあげていた。

 書道教室では、時間つぶしの高齢女男が集い、書家の講師が中国古典の書より手本を書いてくれ、それを写し毎月書道誌に投稿し段の上昇を励みとしてた[族]ばかりがいた。それでは面白くなかったので講師に要求を出したら断られた。

 その後どちらも止め、このブログをはじめた。
 いま思えば私の思っていた性善説なんてそんな普遍的なものなどなく、80歳の老体の居場所探しだったとも思えたりするが────

 いずれにせよ私の中で急浮上してきた[族]と[縁]という概念への興味は新たな刺激であることは確かだ。



 そんな中2冊の本に出会った。

 1つは、神学博士加藤隆著『武器としての社会類型論』世界を五つのタイプで見る
 ────「個人の自由」がなにより大切なのは西欧型社会だけ─────



 2つ目は、平野啓一郎著『私とは何か』
 ────「個人」から「分人(ぶんじん)」へ─────
     本当の自分〉はひとつじゃない⁈

 これらについては後日このブログで!

 

 
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by kuritaro5431 | 2012-09-28 11:39
2012年 09月 25日

大学祭で就活の……

 [②のカテゴリーとして]

 9月24日の日経新聞朝刊に、11月に開催される〈各大学の大学祭のテーマと主な内容〉が紹介されていた。他のページでは〈就活と4年間の学部段階におけるキャリア形成〉についての記事があった。

 私がこのプログに書いた記事とも関連するので注意深く読んでみた。

 
 ①まず新聞記事に出ていた傾向として

  ★大学祭では学生が就活に有効だと求めている傾向   
   a.論作文講座
   b.自己PRの書き方
    c.服装アドバイス
   d.ビジネスコンテスト
   e.学生制作ののホームページコンテスト

   (注)dについては、チーム別に現役コンサルタントの助言、審査員は卒業生の企業経営者、審査項目として/アイデアの
    新規性/実現の可能性


  ★改革求める提言──学士課程の質的転換を──「問題解決力の育成」
   日本私立学校振興・共催事業団理事長

   企業の大学への要請の「昔と今」
    昔は無垢の人材でいい、教育は企業でやる。
    今は、グローバル社会に適応する人材を養成し送り込んで欲しい。

   a.答えなき問題に解を見いだす能力
   b.チームワークやリーダーシップを発揮して社会的責任を担う能力
   d.持続的な学びに基づく創造力と構想力
   e.想定外の困難に的確な判断ができるための基盤となる教育・知識・経験の習得
   f.メソード転換として〈ディスカッション、ディベート、などの双方向授業、課題解決能力を養う能動的学修───アクティブラ
    ーニングなど〉



 ②次は、私が書いたブログの〈どの傾向の記事に〉読者は反応したか。ブログ管理者統計の9月月間のランキングを表示してみる。


    1位 「実学」参考情報
    2位 目次
    3位「自立」と「実学」との関係
    4位 3.11あの日から今日まで527日
    5位 弁証法 その3   
    6位 ノマドの可能性と課題
    7位 私の考えたことのある自殺対策
    8位 つつましく怒らないことがいいとは限らない
    9位 名著『大工道具の歴史』の復刊・そして今の私(2)
    10位 掌編小説・習作 肥後守


  

 ①と②の比較の感想

 
 ①の「大学祭で学生が就活に有効」と考えていることと、②のこのブログに反応した読者(学生でない人も含むと思われるが)とでは[族]が違うように思われた。

 例えば、①のdのビジネスコンテストとか、eのホームページ制作コンテスト以外はこのブログに反応した[族]はさして関心を示さなかったと推察した。それ以外のaとかbなど、すでにできる、そこそこできる、能力を持っている人と見た。
 ビジネススキル、ホームページ制作にしても〈「実学」参考情報・この時点で75アクセス〉をランキング1位にしたこの[族]は、もう少し内容の濃いスキルをイメージしていると思われた。〈弁証法 その3〉が5位にランクされていることからも、また〈「自立」と「実学」の関係・この時点で29アクセス〉が3位にランクされていることからもこの[族]は、コンセプチャルなものとか、論理的なものが就活・就職においても、またビジネスにおいても有効だと信じている人たちと見た。

 そこでこの[族]についてのある危うさを感じたのでちょっと触れておく。それは同時に過去の私の危うさでもあったから。このブログに示した感覚〈自立してゆくしかない〉とか〈あらやしき〉などのペダンチックな匂いのするロジックは、企業サイトからは好まれない。
 ところがこのブログの読者層は薄っぺらいビジネス・スキルは〈ハウツウ・レベルのもの〉と軽蔑する人々と見ていたから哲学とか心理学とかのアプローチで、とにかく働くことと稼ぐことへのモチベーションを高めるきっかけづくりになればと考えていた。
 したがってこのブログへのアクセスは今日現在でも延べ1145回しかないマイナーなものである。

 それに対し、バブル崩壊後の1999年5月にスタートさせた私のメールマガジン「経営コンサルタント志望の皆さんへ」(バックナンバーは、「福島マネジメントコンサルタント」のURLから「FMCのメールマガジン」で検索可)は、立ち上がり1週間で購読者3000になっていた。ここでのバックナンバーをご覧いただいても分かるように、ペダンチックな匂いのしない実務的なものだった。
 
 このブログで書いた私の[実学]感と、メールマガジンに書いた実学感の違いを納得されたかと推察。
 ただし、メールマガジンでのビジネススキルは、中堅、中企業対象で、大企業および小・零細企業には向かないもの。

 なぜここで中堅、中企業向けビジネススキルを持ち出したかというと、大企業ではなくても中堅、中企業(ここでは年間売上高およそ100億円~大企業手前までの規模)をターゲットにすれば就職率は改善されると私は見たからである。
 かといって、どこの企業でもいいかというとそうではない。口に出さなくても、このブログに書いたような問題意識をもった経営者の会社ということである。

 東証1部で昔学生人気上位の会社だって時代認識、問題認識のない経営者の会社はいくらでもある。そんな会社より時代認識をはっきり持ち、社内外に自社の進む道と計画を公表し、実践し計画遂行途上の中堅、中企業の方がどれだけいいか分からないと私は思う。さらに、100億に満たない会社であっても経営者の考え方によってはすばらしい未来を感じる会社もある。

 メールマガジンに書いたビジネス・スキルは、コンサルティングをやる側のスキルとして書いたが、〈ビジネス付加価値OUTPUTマン〉としてのスキルとしても十分使えると今でも私は考えている。


 学生向けの就活ブログに載っていた「中小企業なんかに行くもんじゃない」「ちょっと年上の高卒の先輩が職場にいたりして、仕事経験なら俺の方が上だ」とか、えらそういって経験と勘こそ仕事のコツと先輩の番頭さんのような取締役に感化されている人たちは確かに多い。そんな会社は創業者のオーナー社長が多いのも事実。
 そんな社長とコンサルティングの営業などで面談すると「わが社の問題は分かっているんだ。やってもらうとすれば改善の妙手が欲しいんだ。なんならギランティでやってもいい」というような社長も結構いる。こんな会社は相手にするな、がJ・コンサルファームの方針だった。いまでもそこそこの比率でこんな会社は存在している。
   
 一般的な学生の会社訪問ぐらいでは、この決定的ともいえる欠点は見抜けない。リクルートする業者も参加会社からお金をもらっているから、その会社の悪いことなど書いたり、いったりできない。だから学生は選択ミスして後悔をする例も多い。
 私の2回の人材紹介会社から転職経験からしても、入社前にいろいろ調べても、会社の実態は分かるものではなかった。

 新聞やテレビでは、学生が大企業ばかりでなく中堅企業も就活のターゲットにしたことから就職率は改善されたと報道されているが、ほんとの就活のポイントは、企業規模ではなく〈経営者の経営姿勢、ことにマネジメント風土がどんな会社か、自分と会うか〉の選択にあると思う。こちらが主体で選ぶ。そのために自分はどんな準備が必要か。
 そのためにも〈実学〉=強いビジネス付加価値OUTPUT力の可能性をもった自分が大事。


 次の「改革を求める提言」の内容については大筋の方向として私は同調できる。
 その方向についての〈私の示した「実学」イメージを現場で使うときはあくまで平易化して使う。それにメールマガジンで示した部類のスキルを加え、現実的対応のものにすればかなりの分野がカバーできる〉と考える。

 そこで私が考えるに、現実的対応のトレーニングの場がどうしても必要と思う。
 だれがその場をつくるか。トレーナーは大学内でなく実務経験豊かな先輩などがよい。
 
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by kuritaro5431 | 2012-09-25 11:44
2012年 09月 22日

世界のなかの日本───尖閣問題

 [④のカテゴリー]

 
 この一週間、またまた政治のことから離れようもない日本国民。
 
 尖閣諸島の国有化に強烈に反応した中国のデモと暴動。まさに世界における日本の政治力があからさまにされた一週間であった。

 青島の日本の百貨店が、暴徒化したデモ体によって破壊され、商品は略奪された。デモ体のプラカードには、
「日本を原爆で潰せ! そして昔のように中国の省に組み込んでやれ‼」 
 これはひどい。

 私はあの日から燃える私憤・公憤を押さえて今日まで待った。そしてやっとこのブログを書く気になってはいるが、今日もその流れはかなり変化しながら過ぎている。いつどこでどのように納まるのか。

 今、世界のリーダーたちが一斉に交代期を迎えている節目の時。各国は力量一杯の外交術を使って世界における自国のパワーバランスを高めようとしている。これから替わる中国・韓国・アメリカ・それに日本? すでに替わっているロシア・北朝鮮。ユーロ圏においても───
 そしてグローバル経済・金融に暗雲。政治はナショナリズムのオクターブ高揚。
 経済・政治とも各国それぞれの事情と難問を抱えての外交攻勢。

 そんななか、野田総理は9月8.9日に行われた「ウラジオストクAPEC首脳会議」中に、立ち話であっとはいえ、中国の胡錦濤国家主席が「尖閣諸島の日本の国有化は、絶対容認できない」との旨話していたにもかかわらず、国有化することを決めた。
 中国では、胡錦濤発言の翌日、温家宝首相も同様に「~許せるものではない」との発言をしていた。

 中国の反日暴動の発端は、中国両首脳のメンツを潰したことにあるのだが、その背後にある中国の多層多重の政治・経済・民族感情などへの野田総理の鈍感さが起因していることは事実。
 この時期に? とその鈍感さに日本国民の一人として情けないと思う。
 にもかかわらず、民主党内の選挙とはいえ、昨日野田現総理が党首として再選された。

 かといって、近く行われる自民党の党首選においても自民党が過去やってきた外交政策が残した足跡の因果であることも事実。


 どの国においても、政権維持や拡大のためにやらねばならない政治的必須事項がネット社会の進行によって改めて明瞭になったともいえる。
 それらを列記してみると、

①国内の権力闘争をどうやって凌ぐか。闇の手も絡めどう熾烈さを越えてゆくか───
②分散し勝ちな国民世論・感情をどう統治するか。どう操作するか。
③他国間に存在するパワーバランスの変化をどう読み、どう掴むか。短期・中期の政治戦略・戦術に、また長期国家戦略にどうつないでゆくか。
④国際社会における自国のポジショニングの取り方をどう取るか、どう打ちだしてゆくか。成熟国家と途上国国家、なかでも覇権拡大を狙う国家。まあまあまともといえる手でやってくる国家、とても容認できない手でやってくる国家など───
⑤まあまあといえる先進国国家でも、国際均衡からすれば容認できない背後事情をもっている場合が多い。そんなあくどい国際環境・民族紛争のなかで、思想的にも人類共存的にも、人間存在のありようを忘れまいとする匂いをもった国はどこか。「その方がまだまし」という判断基準で国民は選択する。


 日本国内における野田政権の抱える難問は、

〈党内の結束もままならない統治力〉
〈重要法案が通せない国会運営〉
〈国力回復の経済・金融・雇用……の政策の弱さ〉
〈原発とエネルギー方針の迷走〉
〈富裕と貧困の格差、世代間格差対策の脆さ〉
〈安全保障問題の舵取りの拙さ〉
〈民意のの読みと、落としどころの不安定さ〉
〈外交人脈の薄さ。自民党も同じ〉
〈官僚との関係性の未熟さ〉
〈責任取り方不明瞭〉
〈国民を欺く政策と運営……原発関連・消費税の使途・人権擁護法案などなど〉

 特に国民統治力のなさ、意志決定への障害として、政府に不利な情報の抹殺を企む〈人権擁護法案〉は悪質としかいいようがない。

 こんな状態なのに《野田総理が他よりまし》とする動きが国際社会における日本のパワー低下の最大の要因のようだ。それに替わる人物が日本の政界にいないことも。



 そんな中、アメリカのパネッタ国防長官が北京を訪問し、次期中国国家主席の習近平国家副主席と尖閣問題で会談。アメリカは国防長官、中国は影の噂も取りざたされていたポスト胡錦濤派の習近平。私は、反米姿勢の習近平と会ったパネッタ国防長官。絶妙のタイミングに仕掛けたアメリカ外交を見た。
 尖閣諸島は日米安保の対象内といいながら、国境問題は相互2国間でという姿勢を取り、その後の習近平の日本批判も容認? かと。
 ところがアメリカ議会では、今回の中国の暴動は容認できるものではないと、日米同盟を推す声が高まり、その後習近平の発言はトーンダウンした。当然そこは、アメリカとしての東アジア戦略の国益をみての発言である。

 このように激動する世界情勢のなかで政治のリアリティとはなにか。時代が変われば白も黒になり、情勢が複雑化すればそれに相応した状況認識と相手の外交レトリックを凌ぐ外交術なしに自国の存立はないと思い知らされた。
 恐らく今日も相互間の発言が影響しあい、さらに変化してゆくものと思われる。





 
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by kuritaro5431 | 2012-09-22 12:58
2012年 09月 14日

私の考えたことのある自殺対策

 [②のカテゴリー]

 前号で取り上げた「~自殺者の最も多い国日本」の記事への読者の関心は薄かった。ランキング10位中7位だった。やはり、若い読者が多いせいだろう「死」ということへの関心は、私もそうだったように若い頃は考えもしなかった。

 若い人の関心はやはり④のカテゴリーに類するもの、特に「自立」とか「実学」に関する記事への反応が強かったと思われる。反面④のカテゴリーについての「感想お願い」についても反応は大変に少なかった。そのこと自体が声なき読者の声として真摯に受け止めている。

  
 ところで、今日の本題であるが、昔マインド・サイエンスに興味をもっていた頃、「人間の本能と命」について考えていたら、出所は忘れたが、次のような大変興味深い話だったので、内容は鮮明に今でも覚えている。
「動物はすべて肉体に異物が侵入するのを極度に嫌い拒絶する」と「その拒絶(強烈なディフェンス)は、免疫という生命保持のシステムである」という意味のことだった。

 血液型の違う血液を輸血することも、臓器移植による拒絶反応も、インフルエンザ・ビールス侵入に高熱を発するのもみな免疫反応からくるものであると。

 最も強烈な印象をもった話は「鶏と鶉を掛け合わせると、奇妙な姿のひよこがかえる。ところが一週間で死ぬ。互いの命の免疫体が拒絶し合い生きることができない」とあった。
 免疫学上どうなのか知るよしもないが、本当にありそうな話として、人間も体内に異物侵入を拒絶する免疫力が命を存続させているのだと認識した記憶がある。

 免疫力は、物的なものに限らず、自己の存在を脅かす外的要因も拒絶して生きていると私は考えた。それは、河合隼雄先生の「嫌いな人とも上手につきあって……」というメソードとはまるっきり反対のものである。異人者(自己とはまったく価値観の違う人)がなにかでかかわってくる。(子供のいじめ問題がこれ)我慢できる限度は人によってまちまちであろう。
 昔の人は我慢の限度幅が広かったのかも知れない。

 その人間関係をどう扱うか。免疫的に考えると「拒絶」「別れ」である。恋人との別れ、長年連れ添ってきた夫や妻との離婚、などなどの別離。それにはそうなっても耐えられる覚悟がいる。覚悟とは孤独に耐えられる力である。こちらからの拒絶ばかりではない。相手から拒絶される場合もある。最愛の人が去っても、未練がましく追わず、去られてもなおひとりで立っている力。孤独にどこまで耐えられるかが命のやりとりと大きく関わってくるのだ。
 パラサイト・シングルで40歳50歳になり親がいなくなる。そこで孤独に耐える覚悟が試される。

 戦後第一世代より、物の豊かさ、心の自由さを満喫した団塊の世代の方が弱いか、いや関係ないか、いずれにせよ孤独に弱い高齢者はこれから増えていく。

 孤独とは悲しみに耐えることである。
 小林秀雄の言葉に「文学とは、走り去る哀しみである」といった名言がある。

 そんな意味も込めて「生命腺弛緩症候群」(免疫力低下現象)に気をつけて、と書いた。
 その対策に一役買うのが臨床心理療法の分野なのであろう、結構期待されている。願わくは対症
プログラムの数を増やす療法もさることながら本来の全人格的個別対応をと思う。

 そんなことを思っていた当時、自己アイデンティティの決め手は、免疫力、孤独に耐えられる力、かと考えたりもした。

 かといって幼い子供に孤独力を求めるわけにもいかず、臨床心理士の支援が必要になる。

 私も、とふと考えたりする。「己の孤独耐久力はいかほどかと」。

 昔、一回目の職場にいるとき、理不尽なトップの要求に悩み、家では嬰児が泣き、居場所がなく車で峠を越えて、夜の琵琶湖畔で黙々と想いを巡らせた時期もあった。
 そんな時期に、以前のブログに書いた「なにもかも忘れる〈忘却〉の時間をつくる自己暗示」の訓練を湖畔でしたものだった。
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by kuritaro5431 | 2012-09-14 07:44
2012年 09月 12日

世界で自殺者の最も多い国日本

 [②のカテゴリーのもの]

 9月12日、朝5時。BS11の「in side out」の番組を見た。
 このたび5年ぶりに改正された「自殺対策新大綱」についての話題だった。

 今日は予定していた別の話題を取り上げるつもりだっだが、この番組を見て、先に延ばす気になれず書くことにした。

 全国の「悩み相談会」(名称の記憶は不確か)の主幹をされている曹洞宗の僧侶の話を聞き胸が痛んだ。僧侶の話によると電話をかけてくる高齢者や若者が使う言葉で近年増えたのが「自分は何のために生きているのか」とい言葉だった。そんな言葉で語りはじめる人は、たいてい自分の居場所が亡くなっている人なのだ。日本人はみな心の底で「まわりの人とか、自然や佛に助けられて生きている」という生命観をもって暮らしている。なのにその人たちに役立たずの人間になってしまっていると思う人が増えているのだ。特に老齢者が。そして「私はもう社会から捨てられた人間だ」といい、本当にそう思っている。

 思春期の子供たちは友達づきあいもぎくしゃくしてうまくいかず、面白くない、ほんとのことをいえる親友もいない、楽しいことなどなんにもない、不快なことが多すぎる。何のために生きているんだろうと思っている。

 ある元気のいい団塊の世代と見られる人が「死にたい者がいたら死んだらいいだろう」といった。その僧侶が「あなたのお孫さんがそういったらどうしますか?」と問うと「可愛い孫を死なせるはずないだろう!」と怒気を強めたそうだ。自分のことは大事だが、他人なんかどうでもいい世の中になったのだ。

 特に高齢者と思春期の子供は「人とのつながり方を見失い、人との出会いの場もなく、語りかけようともぜず、世の中が暗い、人が信じられない、そんな諸々の多重苦を背負って生きている。
 
 政府の新大綱では、地域レベルでの取り組みが大切と、それを評価するものの現場を知らない机上調査に不満がある。でも、自分たちが主役でやるしかないと思っている。
(自殺者が増えはじめ、高止まりになった時期のグラフは、政府・行政・経済政策と無縁ではない)

 市町村の首長は「人間生活の現地には大穴があいている」との強い危機意識をみな持っている。弱者が追い込まれている。地域のみんなは自分でなにもかもできるものではないので、ゆるやかな役割分担でやるしかない。できれは、私も一役演じたいと思いこのブログに書いてきた。
(臨床哲学、臨床心理士、精神科医は、環境適応性のバランスがなにより大事といい、ビジネス゠就職に必須の書くことを通してのロジカルシンキングは不要という学派もいて、霞を食って生きよと)


 今の若者は快・不快で状況判断し、不快は他者への嫌悪となり、やがで考えることが面倒になり思考停止→情緒的共感のみが楽になり→安穏を求める→それも続かず→自己嫌悪→やがて自己存在そのものの否定→ドラッグを選ぶか・自殺を選ぶか。

 そんな若者たちでも「こんな社会に誰がした」などの遺書も書かず自殺する。
 せめて、河合隼雄先生のいった「嫌いな人とも上手につきあい、したいことを実現することが人間本来の営みなんだ」という言葉を聞いていてくれたならーーと思う。


 9月7日のブログまので、私は上昇志向の人間こそこの世に生を得た命を賛歌する族と書いてきた。
生命腺弛緩症候群に気をつけろと書いた。こんな言葉は鬱病患者には絶対いってはならない言葉とは知っていた。なのにそれに近いことをやっていたのか?


 私はこの11月で満80歳になる。父が亡くなったのが87歳だったから後8年。母は100歳まで生きたからあと20年。どちらにしてもそう生きられるとは思っていない。
 死ぬまで嫌われても好々爺に生きられそうもない。ポジティブに現役気分で生きたいと思うが、体調が突如変化し、いつ肉体や筋肉が弛緩するやら、また鬱やら認知症が現れるやら知れたものではない。
 これまで書いたような業の「三毒」に怒るのを止めて、ぼつぼつどのように自分の死を迎えるか考えても「よい年頃」であるのだが────

 子や孫、そしてこれからの若者たちを考えると、私が生きた昭和の時代とはとてもとても違う複雑でやっかいな時代になっている。
 せめて私の命=モチベーションがある間に、少しでも後生に命を繋ぐコト起こしをしておきたい。


 五山の送り火の宵、ある佛教学者が「山の向こうに佛が帰る。彼岸と此岸の〈絆〉こそ命を繋ぐもの」といった記憶がある。
『恐山』の著者南直哉氏が、釈尊はあの世があるともないとも答えなかった。答えないのが答えだったと。それを初期の佛教では「無記」というと書いていた。
 あの世とは、この世に生きる人間が、あの世にいった人を思う形而上的イマジネーションと私は受け取った。決して唯物論的イマジネーションではなく、現世に生きる人間があの世の存在をあるかないか想像することこそすばらしい英知と想う。そこには永劫の楽園がみえてくるから。


「無記」のイマジネーションの世界で、私の一生の物語をどうつづるか。そう幻想することを楽しみにと想う年を迎えたのかと思ったりしている。
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by kuritaro5431 | 2012-09-12 17:20
2012年 09月 11日

震災直後にメモった3つの話

 [①のカデゴリーのもの]


「ペルーの夫をもつ日本人の女性」

 出産のため東京に帰っていたとき、東日本大震災の揺れを東京で体験。嬰児を抱いて恐怖におののいた。東北の人たちはどれほどの恐怖を感じたことか、体験した本人しかわからない。

 義援金を私のできる範囲で送ったが、とうていこころの傷への支援には届くまい───

 そして突如ペルーにいる夫が強盗に侵入され、揉み合って強盗の銃が夫の腹部を撃ち、夫は死を免れたものの、脊髄損傷になり半身不随になった。

 子どもが産まれ幸せな日々がつづくものと思っていた私たちは不幸のどん底に落ちた。
 人間はこんな不幸がいつやってくるかわからない時空で生きている。

 ペルーから夫の事故を聞いたとき「どうか生きていてくれ」と祈った。助かって日がたち、どっとこれからやってくる不幸を想い恐怖がひたひたと湧いてきた。

 夫の見舞いに帰ると、私を日本人と知るとみんな東日本の震災の見舞いをいってくれ、あれほどの恐怖のなかでも沈着な日本人はすばらしい民族だといってくれた。
 それらの言葉には偽りのない純粋な信頼を感じ、日本人として誇りに思った。

 夫はもう元のような幸せな生活はできないかもしれないが、このようなことに遭遇したことで幸せのときに気づかなかった人間のありように気がつくことができた。
 生活も、生き方も難しくなるが命がある限り頑張ろうと互いにいった。

 夫が元気だったころ、二人で震災前の東北を旅したことがあった。その光景を思い出し、今の東北の人たちを想うとこころが張り裂ける思いがする。   (「NHKラジオ深夜便」聞き取りメモより)


  


  夜の波音

 海は、眠った町を守りするように、夜じゅう鳴りつづけていた。
 繰り返し繰り返し、心を滅入らせる単調なしらべだが、其の単調さの中に、一ふしずつの区切りがあって、或いは高々と強く打ったまま、短く尾を曳いて消えて行く波があるし、或いはゆさゆさと大きく来て、長々とたゆたって、消えかけて又一としきり鳴って行く波がある。じっと耳を傾けていると、波の音で、うねりのたかさや、夜の磯に銀色にくだける波の形が眼に浮かぶようだ。
 ときおり、下り列車の長い車両の響きが海の音を掻き消して、山の鼻と山の鼻との間を過ぎて行くが、それが遠去かるにつれて、波の音は又夜の静寂さの底から湧いて来た。(阿川弘之)

 夜の浜辺で、昼間津波に攫われた母を想い、寄せては返す波の音を聞いている娘。幻聴のように遠くで貨車の音が。


   


  死者の宿る木

 パプア・ニューギニアに「蛍の木」とい木あり、十万匹ぐらいの蛍がまわりに集まる不思議な木。
「死者の宿る木」と現地の人はいう。
 私はニューギニアで亡くなった戦没者の遺族の方々と訪れた。
 帰りに蛍が遺族の方だけにくっついている。それも一匹だけ。 (辺見じゅん)

 、

 
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by kuritaro5431 | 2012-09-11 08:40
2012年 09月 09日

3.11 あの日から今日で527日

2011年(平成23年3月11日・金曜日・14時46分)あの日から数えて527日。

 もうあれからこんなに月日が過ぎたのに、天災・人災の外傷も心の傷も癒えず、何もかもが複雑に絡み合い、いったいこれからの日本、これからの世界はどうなってゆくのだろうか、と思わずにはいられない。


 あの大津波が押し寄せるなか、悠長に構えている老人ホームの人々。せき立てる看護師たち。つい後ろまで泥津波が逆巻きながらやってくるなか、子どもの手を取り引きずるように走る母親。
 やがて高台から撮られた映像はテレビを通して全世界に流された。そのすさまじさは日本中、いや世界中の人たちがわがことのように慟哭した。

 これらの映像はyahoo!動画「東日本震災の動画(4.040.027件)」で今でも検索できる。忘れられない、いつまでもと思いDVDに移し、日本人の記憶のなかにとどめたい。

 記録のない太古から日本列島は、大地震と大津波という災害にみまわれたきた。3.11以上に悲惨な大地震・大津波もあったはずなのに、古代よりこの列島に先人たちは生きてきた。


 ところが、天災と同時に福島原発事故という人災が起こった。3.11では───

 当時の海江田官房長官の事故直後の会見は「今のところ人体に影響をおよぼすような放射能漏れはありません」となんども同じことをいい、各テレビ局も何度もその言葉をフォローする放送をした。「今のところは~」という言葉が妙に喉に刺さったトゲのように不安が不信になって日々増して重くなっていった。
 裏情報ではすでに真偽不明の情報が飛び交い、在留外国人の国内退去の指令がでたとか。日本政府は情報を隠蔽しているとかのあからさまの外国公式メディアの情報もあり、現に日本脱出をしている外国人もいた。
 
 ところが他方で、これだけの災害を受けながら暴動が起きるでもなく、沈着冷静に秩序正しくつつましく行動できる国民はどこの国にもいないと、世界中から日本人への称賛が洪水のように寄せられた。自分の身の危険もかえりみず、在留外国人や外国人旅行者を救った話は瞬く間に世界を駆け巡り、絆と連帯の心の優しい日本人と褒められた。

 私はなにか矢も立てもたまらない衝動に駆られ、なにかしなければとしばらく休んでいたブログを開き書こうとしてが二の足を踏んだ。「ちょっと待てよ」ともう一人の自分がささやいた。どこかでだれかが東北の人たちも含め、日本国民の心情を操作している者がいるように思えてならなかったからである。
 そして私は真偽のほどをいま白黒決めず、今のまま放置して自分で確かめでからでも遅くないと決意した。そしてその日から天災と人災の関連情報をできる限り多く漁ることにした。テレビや新聞はもちろん、インターネットやブログ、各コラム。関連書籍とときに週刊誌の記事。真相を計る天秤がどちらかに振るときがくると。
 新聞の切り抜きは、カテゴリー別にして、A4のプラスチックトレーに木札を下げて重ねた。手当たり次第に読んだ本には後から検索しやすいようにと付箋をつけ、その日からはじめたメモランダム帳(今20冊)に関心項目と「情報の出所」とぺージ、関心事の広がりの簡潔語とか自分のコメントを書きなぐった。
 インターネットなどでプリントアウトした資料や、講演会などでもらった資料、論文集のコピーなどは冊子になったA4のクリアフアイルに入れ、またカテゴリー別のファイルにファイリング(今27 冊)していった。
「NHKラジオ深夜便」も夜中に目が覚めると聞き、枕元に専用のメモ台をつくり枕元に置きメモした。関心の強い話などあるときは、語った人の名前来歴などその場で起きてインターネットを検索しプリントする習慣になっていたので実行した。深夜便のメモは市販のメモカードに書き、リングに通し吊している。(今100枚は超えている)

 好き嫌いで判断しがちな性格の私に対して、自警を込めて定性的であれ検証して考えることにこれほど本気で取り組んだのははじめてだった。


 そんななかあることに気がついた。それは

①「とても感動的なできごとや話であっても、政治色の一切ないカテゴリーのもの」
②「上記のカテゴリーなのだが、政治的批判を皮肉とか風刺のように抱えたもの」
③「長い長い歴史のなかで虐げられた民族の悲しみを深層に沈め、表では連帯と絆で生きている人たちのカテゴリー」
④「人間の生きる営みに、支配と被支配、国家のガバナンスとしての倫理とか宗教、まさに政治が介在しないなんてあり得ないというカテゴリー」

 この4つのカデゴリーは私というパソナリティがいたって主観的に、分類したもので当たっているかどうかどうでもいいことである。今日以降書こうとしているブログの方便的分類を試みたまでであるのだから。

 2012年02月16日の「絆・連帯」から2012年09月02日の「「実学」参考情報」までは、主に④のカテゴリー視点で書いたものだった、といっいい、私のパーソナリティからくる思考スタイルからそれ以前の記事にも④に絡む記事は多々あった。

 元々このブログのつづきを3.11以降も書く気になった動機は、福島県三春町で臨済宗福聚寺住職・芥川作家の玄侑宗久氏が震災直後「今こそモード変換を」の言葉にあった。

 震災直後は圧倒的にマスメディアでは①の情報を主流にしていた。だったので書くとすれば①②③④の順になるかと漠然と考えていた。ところが書店にいってみると圧倒的に④のカデゴリーのもので埋め尽くされていた。特に、東電批判、官僚批判、政府と経産省と東電の癒着と原子力村、御用学者などなど。そこで私は、④から入り、政治・政局・経済・雇用はのっぴくならない問題として「実学」の再認識までをを提起した。


 そこでこの号以降は、この3.11大震災初期に感じた①②③のカテゴリーに戻ってそのあたりのことを中心に書きつづることにしたい。とはいっても私のことだからどうしても④に触れずにすすめないかもしれないが。
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by kuritaro5431 | 2012-09-09 13:59
2012年 09月 02日

「実学」参考情報

 ここに列挙する情報は、おもに日本がジャパンアズナンバーワンとして栄えた頃に使われた知識と技術が中心となっていることはいなめない。
 しかしそのなかの1/3ぐらいはアレンジメントまたはトランスファしてこれからの時代でも使えるものがあるのではないかと考える。
 トランスファのポイントは、大量生産を支えた社会・経済システムがすでに崩壊している点と、画一的集団主義から個力を生かす集団主義に変わった点である。

① お手本探し、モデル探しは止めて、自らの発想で時代対応のモデルを創る。
② 効用のある知恵は、過去を学び再利用する。
③ 実際の成果は、ハウツウ・レベルの業務遂行で生まれるが、そのエネルギー源と対処も個々人のパーソナリティに求められる。

 以下の情報は、上記①②③の促進の刺激になればと思う。
 ここでこれからの時代に欠けているものが多く発見され、活力ある日本再生のヒントになればと願うものである。


1、ビジネススクール

  ★グロービス・マネジメントスクール
  1992年以来、東京・大阪・名古屋で7万人のビジネス・パーソンに選ばれたビジネススクール。
  知識詰め込み型でなく、現場で「活かせる」思考能力やビジネス・スキルを身につける独特の教育スタイル。
  このスクールのwebを見る限り、養成人材の目標は東証一部企業の経営者と伺える。

  ★ハーバード・ビジネス・スクール
  ハーバード大学の経営大学院(MBA)。1908年設立されたMBAプログラム。
  ケースメソッドに用いた授業スタイルが有名。学生はデイスカッション中心の授業に臨む。
  ここでのメソッドは年々進化しているようにみえる。
  日本からの留学生数は、年々低下。現在年10名弱。

2、国内MBAスクール

  ★海外系     4校
  ★国内大学院  22校

  (詳しくはYAHOO!「日本で学べるMBAスクールリスト」)

3、ビジネス誌・経済誌

  週刊ダイヤモンド、週刊東洋経済、ニューズウィーク日本版、ブレジデント、
  フィナンシャルジャポン、フィナンシャル・タイムズ、タイム(TIME)、エコノミスト(英国)、
  選択、エコノミスト(日本)、ハーバードビジネスレビュー日本版、 ほか

4、今もそこそこ使われている経営技法およびモデル

  ★VE(Value Enginering)=価値工学
  1960年頃アメリカより日本に導入。価値(Value)=機能(FanctIon)/コスト(Cost)
  目的は、対象となる商品やサービスの価値改善、または価値創造。
  (VEに興味をもたれるかたは「日本バリュ-・エンジニアリング協会」のwebへ)

  ★ISO(Inteernational Organization Standardization)=通称:アイソ、アイエスオー、イソ、
  国際標準化機構がすすめるJISの世界版。1952年日本も参加。製品品質やサービス品質を
  世界的に標準化し、品質保証を国際規格に則り行うことからはじまった運動。その後品質
  のみでなく、省エネ、環境という地球規模の課題にも取り組む。
  官公庁との取引、海外貿易の条件となることから中小企業も認定取得をすすめるも、営業
  上の看板が目的となり、管理運営には人手や経費がかかり、本来の目的は達成されていない。

  ★ERPパッケージ(Enterprise Resource plannig Package)
  経営資源の最適化を実現するためのオフイスコンピューター対象のツール=ビジネスソフト。
  1995年頃大手企業対象にアメリカより流入。私は、世界の優良業務モデルを総合パッケッジ
  にした一種のビジネスモデルと記憶していたが、今回調べてみると単なる総合化されたパッ
  ケージソフトであったことが分かった。当時経営戦略や業務システムを総合化、トータル化へ
  と進化していこうとしていたニーズはあったものの、導入前1~2年もの標準化コンサルティ
  ングには困難があった。システムのカスタマナイズという工程で適応しようとしたがこれも
  難しかった。現在はシステム構築人材の乏しい中堅中小企業対象に、普及活動が薦められて
  いる。最近では、業務別ソフトをつなぎ合わせたもの、業務ソフトでもカバーエリアの広い
  パッケージソフトをERPと呼んだりしている。


5、今後も重要な創造力開発技法(企画書づくり、プレゼン資料づくり、商品開発などに)

  ★発散技法

  自由連想法: ブレーンライティング法、カードBS法、ブレーンストーミング法、
  強制連想法: ゴードン法、希望点列挙法、属性列挙法、マトリックス法、チェックリスト法、
  類比発想法: バイオニス法、NM法、シオクティクス

  ★収束技法
  
  空間型法:  クロス法、こざね法、KJ法、
  系列型法:  関連樹木法、ストーリー法、特性要因図、BD法、PERT法、

  ★総合技法

  ワーク・デザイン法、インプット・アウトプット法、ハイブリッジ法、ZK法、

  ★態度技法

  瞑想型法: イメージコントロール法、自律訓練法、メディテーション、
  交流型法: カウンセリング法、エンカウター・グループ、TA(交流分析)
  演劇型法: クリエティブ・ドラマティックス、ロールプレーニング、

 (ここでは各技法の内容を説明することは省略するが、興味のあるとろは確認してください)


6、文章修行(これからもビジネスマンにとって必須)
  
  ★今回このブログで使った文体は、はじめに のところで断ったように「エッセイ風」にした
   ものでした。エッセイとか小説は、散文で書きます。散文は〈人間〉を書く文体です。人間
   解釈は人それぞれですから結論の判断は読者に任せます。書き手が結論を押しつけない
   のが散文です。こうすることで、掌編小説あり、純エッセイあり、論文風エッセイあり、
   評論論的なものあり、結構ペダンチックな哲学的ロジックをいれたり、でも落としどころは
   合理的なものにしないなどです。
   また記事タイトルもできるだけランダムにと考えましたが、かならずしもそうなりませ
   んでした。その結果がよかったのか、さほどでなかったのか、読者の皆さんの反応を聞か
   せてもらってないのでまだ分かりません。
   そんな感性をこのブログのコンテンツとしてみたい実験でもあったのですが。「ある体」
  「ます体」混ぜてみたり、と。
   手前味噌の話になりかけたので戻しましょう。

  ★ビジネス用の文体は、私とてこのブログのような文体は使いません。忙しい受け手が、よど
   みなくするすると読めて、しかも伝達意図が正確に伝わるようにと。
   そのためにセンテンスは短く、句読点を多く。改行は5行以内に、形容詞は重ねない、使う
   熟語などは、一般新聞並みにするなど。モデルとなる文例はどこにでもあるので、それを手
   書きで写し修行しました。早さもとてもたいせつです。   
   それから、長い文章のサマライズの訓練です。要約は文章でも、チャートでもやれるように
   なればいいです。そのために、いろいろなチャートや図表を知っておく。
  ★さらにちょっと長い論文であったり、企画書には、目次の広がりと、深さの関係に黄金分割
   といえるようなコツがあるという人もいます。ハウツウの話になりかけたのでこれくらいに
   します。  


7、語学力

  これからの時代、国内企業でのビジネスマンにおいても、海外勤務のビジネスマンならなおさ
  ら語学力は必須の必須となっています。それはわれわれの世代と決定的に違うところです。仕
  事上の専門用語はもとより、他民族の価値観や商習慣、生活様式、などを認識した上で、どう
  交流してゆくかが、個としても集団としても問われるところでしょう。


8、その他 経営管理技法

 ★マネジメント
  マネジメント・サイクル(PDCA) 、目標による管理/目標管理法、方針管理、
  職務設計、スキルズ・インベトリー、

 ★組織活性化
  職務分析、組織設計、チーム・ラボラトリー、マネジアル・グリッド・フログラム、

 ★部下の能力開発
  OJT、ケーススタディ、ブレーン・ストーミング、KJ法、NM法、

 ★問題の発見と解決
  5W1H法、特性列挙法、ABC分析・パレート図、特性要因図、カード洗いだし法、

 ★販売効率改善/目標達成
  限界利益分析、製品別原価構成分析、製品ライフ・サイクル、交差比率、

 ★財務分析
  収益性/健全性/成長性分析(昔ながらのパターン)、損益分岐点分析、限界利益分析、
  予算管理/管理会計/部門別管理会計、原価管理制度/標準原価/個別原価、
  キャッシュ・フロー、

 ★経営計画
  経営理念、長期ビジョン、中期経営計画、重点経営戦略計画、マーケティグ戦略計画、など


9、ビジネス・パーソンのプロ意識

  総合職志向と専門職志向において意識のあり方は本質的に違うものだろうか。

  バブル崩壊後、私はこんなことをちょっと探ったことがあった。あの日本一といわれた剣豪
  宮本武蔵が細川藩に剣術指南役として3千石で雇ってくれと頼んだとか。すると細川藩では
  そんな規程は(今でいう人事規程か)ないといって雇わなかったという話があった。ここでは
  その真偽が話題ではない。
  武道のみでなく、人生において生きるということとはどういうことかと問うた「五輪の書」は、
  「自力」で生きた人間の姿としてこの時代に読み直されている。
  考えるに、当時最高の専門職といえた宮本武蔵が3千石の値打ちがなく、ぐうたらの旗本(総合
  職系)でもそれ以上の者もいたということ。
  「個の力」より、組織や体制のガバナンスにかかわる人間の方が値打ちがあるとされた日本の
  歴史を垣間見る思いがしたものだ。日本だけでなく世界史においても支配する側とされる側は
  いつの時代でもそうだったのかも知れない。が、そこが変わりかけているのが現代である。

  高度成長時代の総合職/管理職は労務管理だけしておればよかった。今は管理職という専門職
  が求められる時代。管理職という役割をまっとうするプロである。

  経営コンサルタントとして専門職の道を歩んで間もない頃、私より少し若い先輩のコンサル
  タントより、「コンサルタントである前に人間であれということを忘れないこと」といわれ、
  人間本来の使命は他者他人に役立つこと、と再認識し、サービス業に徹しようと決意した。
  そしてプロとは自分の役割を自覚して「他者他人に役立ち、役立ちの大きさに比例してリター
  ンをいたたくもの」との考えをを確定させた。



 最後に、ここに挙げた「実学」とはの情報は、現在世界を股にかけて活躍しているスーパー・ビジネス・パソンからすれば、どこかノスタルジックに過去を振り返る老体と思われよう。そう思われたとしても、ほんの少しでも………と思うのみである。
  
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by kuritaro5431 | 2012-09-02 14:48
2012年 09月 01日

「自立」と「実学」の関係

「実学」の話に入る前に、どうしても書いておきたいことがあり、そのことにしばしお付き合い願いたい。


 1つは、前号のブログに書いた「田原総一郎を囲む◯◯熟」で田原氏は若者とのギャップの原因はわれわれ世代にあるというような意味から詫びていた。私も同感である。

 われわれが若かった頃の能動的スタンスとか、ポジティブ・シンキングは、他世代からもまあ好感をもたれ、仲間内においても互いに肯定しあっていたと記憶している。
 ところが、今は違う。老臭のするボジティブ・シンキングとスタンス。受ける側が全然違う。そういう側面もある。

 戦後第一世代の人たちのなかでも、語ればお節介ととられることを知っていて、楚々と穏やかに笑みを浮かべ好々爺に過ごしている人も大勢いる。
 でもその世代の何%にあたるかは分からないが、若者に嫌われるポジティブ・シンキング族がいる。その族は同世代のなかでも異端扱いされかねないリスクを抱えた連中でもある。どうやらその族の共通資質は「怒りのエネルギーの残照」であろうと思う。
「怒り」「憤」は、佛教において三毒の一つといわれる煩悩で、どちらから見ても肯定できるものではないとされている。
 その業の毒を老体に抱いて「怒りの毒を排除すれば己の生命力も排除することになる」という矛盾のなかで生きている族と私は思う。

 だからこのブログのサブタイトルにした「しなやかに生きようじゃないか」は、私自身に投げつけている言葉でもある。


 次に、1990年(平成4年)ときの政府は、国民生活審議会を発足させ、「個の実現を支える新たな絆を求めて」と題する 21世紀の社会構造委員会報告書を1994年に経済企画庁より発行している。
 報告書が発行されたときにはすでにバブル崩壊(1991年)は起こっていたが、報告書ではそのことに触れてはいない。
 しかし、50年に一度、100年に一度ともいえる歴史的転換期にあたってと。
「~わが国の戦後の政治、経済、社会システムは根本的な変容を迫られている。これまで有効だった、枠組み、思想、制度、政策は急速にその力を失いつつある。」と序文で述べている。
 そして、総論のなかで「私」第一主義の強まりを挙げ、「個人の自由の実現と自己責任の確立」が唱われている。
 
 各論では、高等教育の将来像のなかで特筆すべき点として、
①知識は個人に帰属する財産(個人所有財産)human capital
②知識は個人が独占的に所有する財産であると同時に、人間関係間で共有する財産(人間関係資本)human relation captal
③社会全体の共有財産として考えられる知識 sosial capital
 の3点が挙げられている。

 ここでは「私」が①番にあがり、②番に、競争社会における「私と他者」との人間関係、③番に「私の知識の社会貢献」となっている。この時代におけるとても重要な指針を示していることになる。
 ①→②→③とプライオリティがつけられたステップを通し、自分の力(自己責任)で「自由と自己実現を手に入れる時代」というストーリーを明示していたことになる。
 いうならば「創造的個人主義」ともいえるし、近年話題の「新自由主義」思想のはしりともいえる。

 そういう潮流のなかで「私の確立」が重要なテーマになり、自己アイデンティティへの関心は高まった。
 私にとってもともと関心の深いテーマだったので、マインドサイエンスといわれていた雑誌『現代のエスプリ』とか『イマーゴ』をときどき読んでいた。多分1990年頃だったと思うが、このどちらかの雑誌に、アメリカの精神分析学者エリクソンの提唱するアイデンティティという概念が紹介されていた。エリクソンはアイデンティティという言葉を使わず「自己同一性」といっていた。  1995年には、岩波講座現代社会学として『自我・主体・アイデンティティ』という本が、当代著名の学者5名の共著で出た。帯には「社会科学の再生のために」「問いに応える挑戦」「自己とは何か。さまざまな生のあり方を究明し、社会的存在として人間の本質に迫る」とあった。

 以前にもこのプログに書いたように、ヨーロッパでは福田恒存が指摘していたように、「ルネサンスは自我の確立からはじまる近代であった」という意味のことをいっている。


 私は日本においても遅ればせながら、自己アイデンティティの確立なしに生きられない時代がやってきたと自覚し、関連情報をむさぼり読んだ。
 そして、欧米における自我は日本人のように曖昧でなく、鋼のように強靱に思え、憧れた。それは「個人的自我」と「社会的自我」の2元からなる概念でもあった。私自身の曖昧さも2元的発想で整理できると考えた。
 ところが日が経つにつれて、その2元的発想は自分にしっくりこない、日本人には向かないのではないかとの疑義が湧くようになっていた。「曖昧なままで自己アイデンティティの確立はできないものか」と………

 そんな想いで悶々としていたある日、京都市市民講座で河合隼雄先生が「日本人としてのアイデンティティ」だったか、そんな講演があり聴きにいった。そこで私の疑念は当日1日で晴れた。
「アイデンティティの確立した人間とは、矛盾だらけの現世において上手に生きてゆく大人の術をもてるようになった人」とい話だった。
 それは、嫌いな人とも上手につきあい、本音と建て前を使い分けながらお金も必要な分上手に稼いで生きて行く、そんな生き方のできる人。という話に聞き惚れた。それ以後、私自身の「私」の起点に置くことにした。


 それがこのブログのサブタイトル「しなやかに生きようじゃないか」になった次第である。


 とはいえ、報告書で示す「私」第一主義の潮流に向かうなかで曖昧のままの自分で在りながら「自己を確立する」という論法は、私の職業としていた経営コンサルタントとしても、グローバル社会に向かう他国からみても、分かりにくい発想であることは否めなかった。


 そこで考えたのが2009.5.2付ブログ「自主自立してゆくしかない時代」の後段に載せた「PIを確立して世のため人のために役立つ真の自己実現の喜びを」というロジック・チャートであった。それは自我を2元的に捉えず、発展プロセスとしたロジックであった。(どこかであの弁証法5段階のロマンを込めて)。またその次につづく「CIとPI統合の概念」「これからの集団的ベクトルのあり方」「個と組織の統合」は、私にとって以後の「実学」のベースとなったものだった。
 この3つのロジック・チャートのうち、3つ目の「個と組織の統合」は、コンサルティング営業時のプレゼン資料として結構好評であった。


 そこで゛、河合隼雄先生から教わったアイデンティティ概念は、
「命をつないでゆく方便として、上手に世間を渡って自分の思いを実現する方便として、本音と建て前を上手に使い分けそこそこ稼いでゆく方便としても必要な知恵」として、また「実学としても通用するであろう」考えにまとめたつもりでいた。(私固有のパーソナル・ロジックとして) 


 方便の目的は「自分自身も、また関係する人たちも、できるだけ多くの人が中間所得層に入れるようにする」であった。


 中間所得層とは、経産省がこの1~3月期に実施した、産業活動分析で「賃金の下落と消費者物価」分析のなかの資料からとして公表(「日本の中間所得層の減少」Yahoo!ブログで)している。
 それによると、民間給与所得者のなかでの中間所得者層は、年収600万円~1500万円とみている。そして、その層はこの10年間で2割減少とある。



 (注)「実学」についての私見の参考資料は、次号のブログに掲載することにします。

 
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by kuritaro5431 | 2012-09-01 08:00