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2009年 06月 04日

方法論の進化

 私は弁証法を問題解決、課題遂行のための方法論として活用した。弁証法は、発展のためというロマンをもったプロセスで成り立っている。歴史的発展のため、集団であれ、個人であれ、人間生活発展のため、経営発展のため、個人のモチベーション発展のため、などなどに応用できる自由さをもっており、方法論でありながら王道の目的をもっている。方法論は覇道の類であるが、弁証法は、覇道で終わらない。その向こうになにごとにおいても「健全な発展のため」という王道がある。だから、私の血は騒ぎ54年ものながきにわたって私を駆り立てた。

 それは人のため、世のために役だって生きるべきという若い頃夢見たマルキシズムの根が長く尾を引いた。私欲のたに権力を持ち、下位者を私的使用人のように扱う者を嫌い、怒り、会社トップの意に添わず、それがもとで2社を辞めた。自己の建設的自由と発展こそ求めるところだったからだ。

 戦後60余年、経済、金融、経営、労働、契約、などの方法論の多様化と進化は、王道の比率を脇にやり、覇道の理論・実務が拡大し、巾を聞かせるようになった。そして、格段の発展をとげた。
 競争に勝つ方法論を進化させない者は、どんな世界においても敗者とならざるを得ない時代である。コンサルタントの世界でもそうだった。でも、私は経営者の利益のみに働かず、社員を大切にすること、社員育成の投資こそが、会社発展のキーであると、手を変え品お換えトップに語った。
 でも、私の力のなさで、トップに従ったこともあった。今は後悔している。

 弁証法という、今の時代からみけば単純な方法論で、物事が解決し、発展する世の中ではなくなっている。
 でも、私が過去20余年弁証法的思考と方法論を持って経営コンサルタントで禄を食めたのは、私の心に発展へのロマンに共感してくれた人がいたからだ。
 その証に、方法論的技術を評価してリピート契約をくださるクライアントより、私の心意気に共感してリピ-トをくださるクライアントの方が多かったからか。それは主に中小・中堅企業のオーナーたちだったからかも知れない。

 でも私は、方法論開発をおろそかにしたわけではない。新しいコンサルティング技術開発をやらねば、営業からの引き合いもなくなり、干上がるからである。

 私は弁証法の他に、もうひとつの方法論の幹を学んでいた。私はというよりは、勤めていたJ経営の幹であるVE(バリューエンシニアリング)であった。それにはハードVE(製造系・設計開発系)と、ソフトVE(広い意味での事務系)があった。
 私は、53歳で、J経営・中堅中小企業の指導本部に、新聞広告応募で入社した。入社研修のほとんどは、先輩のコンサルタントたちが開発したコンサルティング技術書(さまざまなテーマに対する方法論)の自習であった。
 VE関係の書籍は必須であった。

 そのなかに『ソフトVEマニュアル』という冊子があり、序説のなかに、マックス・ウエーバーの「3つの合理性」という文章があり、これがアメリカの合理主義の源の一つか、と強くこころに惹かれたものだった。

 1. 価値合理性
  
 目指している価値と、自分の思考過程なり行動なりとの間に、論理的一義的かつ明晰な意味関連の存在。

 2. 目的合理性

 特定の目的達成のために、いかなる手段を選択すべきかが目標となるから、、問題となるのは、特定手段選択との間にみられる因果関係が論理的に明晰かつ一義的にとらえられていること。

 3. 形式合理性(因果合理性)

 単なる目的合理性にととまらず、さまざまな事象を数理的に、できれば数学的にとらえることによって、的確な予測を可能にし、さらにまた目的合理的に対象に働きかけて、目的を実現させるため能力を著しく高めるという結果を生みだすもの。

 それからしばらく、マックス・ウエーバーの思想や考え方をさぐり、先輩たちが展開した方法論と照合し、コンサルティング企画とはなんぞやを学習した。

 その後巷では、経営に関しても目新しい方法論の本が頻繁に出版され、スキルを高めようとするサラリーマンたちは、乗り遅れまいとあとを追っていた。
 ビジネスモデルらしきものが次から次にでてきて、そのつどワーッと書店に並び、しばらくして消えていった。その間、講演会やセールス活動も頻繁に行われたが、長くつづくものはなかった。
 それらのほとんどは、アメリカ経営学やシステム工学、会計学等の訳輸入と解説・解釈で、日本で開発されてものは少なかった。
 経営分野でも、なにもかもアメリカナイズされ、グローバリゼーションという名のもとに、数多くでてはきたが、日本的風土のなかで残るものは少なかった。

 J経営のトップは、はやりの方法論に惑わされないようにと警告していた。

 バブル景気が崩壊後、企業は収益圧迫に悩み、王道の経営などときれいごとがいえなくなり「儲けのための方法論」でないとコンサルタントも相手にされなくなった。

 政治、外交の世界においても、リアルで効果の出せる方法論(政策)が出せないと国民はそっぽを向く。

 自由民主党があれだけ無責任で、嘘の多いでたらめなことをやっても、それを決定的に諫め、それを越える政策が出せない民社党。 
 方法論の勝るアメリカの展開は、表に裏にしたたかで、日本はやられっぱなし、利用されっぱなしである。それに便乗してB層C層などといってお笑い番組視聴層を対象に二度目のXX劇場を企んでいる二人組の売国奴がいる。アメリカがこれから発行する二兆円もの国債を、国有100パーセントの郵政株の資金で購入するという裏約束があると聞く。そうなるとアメリカは、ファンド化し、サブプライムローンの二の前になりかねない。もしそうなれば血のにじむ思いで郵便局に貯めた国民の貯金は相当数アメリカにもっていかれ、高齢者の老後の資金は破綻する。それなのに二人組は途中で政権を投げ出しておきながら、、今の政局の諸悪の原因は小泉改革路線をすすめていないからだといっている。それならなぜ途中で投げ出したのか。自民党ぶっつぶすといっていた小泉氏が息子を衆議院選挙に立たせるとはあきれた話である。なのにB層C層の人気投票で小泉氏は依然上位にランクされている。
 鳩山総務大臣を更迭したのは、小泉氏の脅しに麻生首相が屈したからだと。住友銀行一派で民営郵貯を牛耳っておかないと、売国奴たちのアメリカとの密約がほごになるからと、あるブログは書いている。
 このようなブログは300万人もの読者がいるそうだ。検察権力でこれらの封じ込めがはじまっていると書いているブログもある。XX氏に4ケ月の実刑判決を出したのも、ブログの封じ込めのためと。アメリカでさえ日本は、検察権力国家だといっているそうだ。それに引き替えオバマ大統領はアメリカのCIAをなくするといっている。その新勢力に対してある富豪財団は、オバマを引きずり降ろすとまでいっているとか。

 アメリカのさまざまなモデルや基準こそがグローバル・スタンダートだ。アメリカ軍隊は国際警察だ、などといってきたが、世界の規範をリードするアメリカでなくなってきている。

 資本主義社会の本来は、商品・製品を生産し、流通し、見えざる手によって価格が決り、その利潤によって経済が発展し、国民も豊かになるという構図から生まれたが、資本主義経済の成熟は、生産をともなわない金融のみの運用による利益が、大幅にその領域を拡大し、金融資本主義時代を迎えた。そして貧富の差は拡大するばかり。悪徳官僚、悪徳政治家と手を組んだ者だけが得をする。


 日本政府の政策の稚拙さ、ピントの悪さは、中国、北朝鮮にも軽くみられ、やられっぱなしである。公然と諸外国からも笑われている。
 それは、方法論的思考の脆弱さ、王道(国家的ビジョンのなさ、国民の夢希望の剥奪)のなさからきている。

 覇道論者ばかりがもてはやされている。明治維新を築いた、王道と覇道のバランスのとれた政治家のDNAはどこへいったのか。

 それにしても、各分野でこれだけ方法論が進化し、多様化し、蓋然性、精密度が求められるようになったのに、世界各国では手詰まり状態になっている。昭和時代の方法論ではもうもたなくなってきていることは確かだ。


 
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by kuritaro5431 | 2009-06-04 14:01