哲学から演歌まで  

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2014年 06月 10日

いろいろあった「フェティシズム」論 (1)

 これは結構面倒な話だった。でも面白かった。
 かといって謎の伝説も絡み、謎が解けたわけでもなかったが。

 思えば経済学部4回生のときだから、今から60年前のこと。経済哲学(資本論の貨幣価値論)で有名だった梯秀明教授の「前方の旅」と「後方の旅」の講義を聴いてのことだった。
 前方の旅とは、現実からスタートし、下から上へと上昇する過程(帰納・科学的アプローチ)のこと。後方の旅とは、前方の旅を終えて、つぎの旅としての後方の旅に(演繹・哲学的アプローチ)移る。そのとき、論理的空洞が生じる。これを「フェティシズム」──と。
 同じ弁証法学者のヘーゲルは、後方の旅で神に至る──と。
 考えたことも、空想したこともないない奇妙きてれつな衒学にたぶらかされた思いと、身震いするような呪術を覚えたものだった。
 当時、梯先生から直接指導を受けられた服部健二先生は、そんな話聞いたことない。もしかしたらヘーゲルのいった余談話をされたのかも知れないと。
 この辺の事情は、2009.5.30「弁証法 その3」のブログに書いている。

 この話とは別のところでのことだが、私は幼い頃からよく研がれた日本の打ち刃物や、磨かれた打ち金物、主に大工道具などにとりとめもない魅力に憑かれていた。それは肥後守であったり、鉋の刃であったり、鑿であったりした。
 終戦直後の昭和22年、向かいに住んでいた宮大工の棟梁についていき道具屋で金槌を買った。店番がいなかったので、棟梁がいうように、2つの金槌の打ち面の角をカチンと鉢合わせ、負けた方を捨て、次々と傷の入らないものを選んでいった。10本は試しただろうか。店のものに見つかりでもすればただでは済まなかったはず。
 その金槌が68年経った今もびくともしていない。以前話にも出た日本刀手入れ用の油、丁子油を頭や胴や柄にも思い出しては塗った。樫の柄を金槌に差し込んでいる部分は、京都にきてから鉄の楔を買い瞬間ボンドを流し込みしっかり打ち込んであるので、石も割った、鉈の背も荒っぽく打ったが傷一つない。一方が丸い面で釘を打つ、一方は釘の頭を沈めるために尖った造りになっている。両方に打ち面のある金槌は、一方はフラット、一方は軽い凸になっている。フラットの方で釘を打ち、凸で金属を打つ。
 焼き入れの甘い金槌は、永い間に脇に鉄が盛り上がる。焼きの入りすぎた金槌は、固くて欠けている。
 私に取って家宝の金槌は、打ち面を時にフラットに金剛砥石で研いでいる。なかなか下りないのが家宝の証拠。

 フェティシズムという単語を、『岩波の哲学思想辞典』で引き、「呪物崇拝」(じゅぶつすうはい)をインターネットで検索してみた。 

 『岩波の哲学思想辞典』での、フェティシズムという用語は18世紀中葉にフランス、ドイツで生まれ、19世紀に入って哲学、民俗学、性愛論、経済学の領域で使用され、20世紀では精神分析の基本概念の一つとなってる。各領域で用語の内容は異なるが、「聖なる」事物崇拝の性格は共通している。
 【言葉の由来・要約】「作り事」。「魔術」または「呪術」。「呪術崇拝」。アフリカの黒人達は「地上の事物崇拝」

①〔フェティシズムと自然宗教〕
 ド・ブロスのフェティシズム論の3つの側面。1.神格化された物的対象(山、海、木、石、各種の動物、等々)聖なる事物をめぐる祭祀体系、タブーの体系から構成されている。2.フェティシズムは、単なる迷信や偶像崇拝ではなくて、ひとつの独自の宗教体系とみなされている。ド・ブロスは、ヒュームの自然宗教論から示唆をえて、フェティシズムの心的動機を「恐怖」と「無知」に求める。だからド・ブロス的フェティシズムとほぼ同義になる。3.ヒュームと同じ見知にたったアダムスミスもまた原始宗教を恐怖と無知の産物として定義し、同時にそれを人類の最初の認識形式とみなす。

②〔哲学的言説のなかのフェティシズム〕
 カントは〘単なる理性の限界内の宗教〙のなかでこういう。「純粋に物的手段によって超自然的効果を生むという幻想… この種の企ては普通は呪術と呼ばれるが、フエティシズムという用語に変えた方がよい」。
 ヘーゲル『歴史哲学講義』(1831).ド・ブロスをそのまま引用したかに述べている。←(この件についてブログ筆者・次に注)
 実は2013.1.12のこのブログ「ペンデングタグが溜まった(2)←[ヘーゲルのいう「無」]の記事の2頁下方に、「東洋的無という概念の出所は近代西欧にあり」に記載している。鷲田小弥太著『哲学詞華集』で取り上げられている。ヘーゲル著・長谷川宏訳『歴史哲学講義』(上)(下)青629・630岩波文庫あり。
 当時のブログにも書いたが、東洋の果て日本を近代西欧はこんな風に見ていたのかと、刃で刺される思いがした。
 ここでも私がずーと気にしてきた〈日本人はこれからも原始共同体的社会の「和」とか「絆」とか「情動」をよりどころに暮らし、生きて行くのか。良くも悪くも西欧的な個の主体と自由を求めた近代化の恩恵を受け、その体験はもう遺伝子の半分か1/3ぐらいには擦り込まれているのに。同じ東洋人でも中国人は違う(加藤隆著『武器としての社会類型論──世界を五つのタイプで見る』)。一方で西欧的思考から発展した科学も哲学も、そしてより複雑化する定量・定性・ブラス温厚そうな情感での恣意的操作ロジック・国民には覚束なく不安〉。
 話を戻して、~辞典のつづき──
「彼らは木、石、木像、など手当たり次第になんでも聖霊にしてしまう。これがフェテッシュで……呪術を意味するフェティソから由来している」
 ヒュームとスミスの議論を踏まえて、ド・ブロスのフェティシズム論を最も正統的に継承したのはA・コントである。「人類はどこでもフェティシズムから出発する」(『実証哲学講義』)。コントにとってフェティシズムはひとつの歴史的時代であり、「最初の神学的状態」である。この神学的状態はフェティシズムから多神教を経て一神教へと発展する。フェティシズムは、人間による最初の因果的説明法であり、幻想であっても自然からの人間解放の力である。
 マルクスは1842年にド・ブロスの、『呪物崇拝』を読み、「木材倒伐論」において現代の私有財産が未開社会の呪物と等しいと批判する。同じ理論でマルクスは『資本論』のなかで「商品のフェテッシュ的性格を論じている。「机が商品として現れるやいなや、それは一つの感覚であると同時に超感覚的なものになってしまうのである。──これをフェティシズムはと呼ぶ」といっている。(ブログ筆者・注)これでやっと梯先生のいった意味が分かった。60年来の疑問が解けた。
 ニーチェは形而上学と理性の言語が「粗雑なフェティシズム」に囚われていると批判した。(『偶像の黄昏』1888年)。

③「性愛論(セクソロジー)」
 19世紀から20世紀初頭にかけてフェティシズムは性愛論の用語として定着する。性的倒錯としてのフェティシズムである。フロイトの病理学的性愛論を踏まえての一つの転換。性愛を無意識の構造のなかに位置づけ、いわゆる性的倒錯は性的主体の正常な基本様式とした。


 (2)につづく
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by kuritaro5431 | 2014-06-10 15:33


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