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2012年 08月 13日

掌編小説・習作  書斎机

  厚さ三センチのタモの集成材を使った天板は、十数年の歳月で飴色になっているが、塗り込みが足らなかったのか、ところどころ木の目に汚れが染みている。
 以前、インテリアの会社に勤めているころ書斎机をつくった。
 それまでにいろいろ既製の机を探したが、オフイス用のものか、社長か役員が使うようなものしかなかった。別注しようかと、インテリア・デザイナーに相談すると、自分でつくったらどうですかといわれた。
 日曜大工は多少のものならやっていたが、机という大物は手掛けたことがない。果たして材料の調達から、組み立ての接着部分がうまくゆくか。既製品の裏を見ると、金具とビスを使って足と天板を締め付けている。木工用の加工マシンだからできる仕事である。こちらが扱えるのは、せいぜい鑿と鉋と鋸。足置き、引き出しの面板などは同質のタモで、手摺に使うものを製材所で挽いてもらい使うことにした。六センチと九センチ、四メートルの角材である。
 インテリア・デザイナーを通して発注してもらった。卸値で安くしてもらったが、製材所の加工代と合わせて五万二千円かかった。
 その部材に合わせて私は日曜日図面を引いた。塗装は、組み立ててから考えることにする。
 一週間後帰宅すると部材が届いていた。天板は想像していたより立派で気に入った。とても重く持つのがやっとだった。四メートルの角材は図面の長さに合わせて取り敢えず鋸で挽き、割りは近くにある製材所にたのむことにする。
 休暇をとって製材所に角材を持ち込んだ。足にする部材は二つ割り、閂など横に渡して使う部材は三つ割り、引き出しの面板は四つ割りにしてもらった。面板は幅が足らないので、ボンドで横に繋ぐことにした。三つ割り、四つ割りの材料は挽いたあと撓った。集成材は、狂いのある木を抱合せバランスを保たせている。それが狂ったのだ。デザイナーからそうなると聞いていた。撓った方に水を含ませ、一晩置くと戻るが、乾燥してくると請け合えないといっていた。私は乾燥してしまわないうちに組みたてようと目論んでいた。
 日曜ごとに組立の作業をやった。ガーレージでやっていると、通る人ごとに買うより高くつきますなあ、といわれたものだった。
 ほぞの加工は鑿でやり、しっかり噛み込むように墨を生かして掘った。釘を一切使わずボントで固定させるためだった。タモは堅く、鑿はなんども研ぎ直さなければならなかった。 
 そんな作業に興味があるのか、幼稚園にいっていた下の娘が、日がな眺めていた。
 延べ七日間かかって組み立ては完了した。 さて、塗装はどうするか。できれば透明の漆にしたかった。日曜ペインターをテレビで宣伝している大阪に本社のあるAペイントの消費者係に電話して聞いてみることにした。
「素人では漆は無理です。一刷毛で端から端まで塗らないと斑ができます。それに漆はかぶれます」
 といわれた。
「ご来社いただくと、いろいろご相談に乗れますので一度おいでになりませんか」
 ということだった。
 訪ねてみると、女子社員が対応にでた。ショールームにある商品は、壁や門扉に塗る塗料や、床に塗るていどのものしかなかった。デザイナーから本式の塗装は下塗り中塗り上塗りと塗料を変えて塗るものだと聞いていた。その旨を告げ尋ねると、それは塗装職人用になります、四リッタ-缶しかないという。
「一缶いくらぐらいするのですか」
 と尋ねると、
「ものによりますが、一万円を越えます」
「小分けしてもらえないんですか」
「缶は一度開けると商品になりません。それに職人用のものは小口になっておりません」
 事務的な返答だった。
「あなたの会社は日曜ペインター推進のPRをしきりにやっているではないですか。それなのに対応できないのですか」
「素人でもできるペイントの啓蒙です。あなたのご希望の塗り方は素人では無理です」
「なんで三度塗りが素人にだめなんですか。それほどマニュアックなことでもないでしょうに!」
 私は馬鹿にされたようで腹が立ち、語気を荒らめた。
 話を聞いていた年輩の社員が対応にでてきて、
「よろしければお近くの塗装店を紹介させていただきますが。店によってはご希望の量を小分けしてくれるかも知れませんから」
 と丁寧にいった。
 少し気が納まって、京都の代理店という店を聞いた。
 帰り道、日曜ペインターの啓蒙といっても、ホームセンターなどに並べる商品の売りのバックアップに過ぎないのではないのか。そう思うとまた腹が立ってきた。
 翌々日Aペイントの代理店という店を訪ねた。せせこましい店には、ショールームにあったものと同じ商品が並んでいた。
 店主らしい男に、希望を告げると、
「そんなものはない」
 とつっけんどうにいわれ、あたふたと店をでた。
 A社のプロモーションは見せ掛けだった。なにが日曜ペインターの啓蒙か。聞いてあきれらあ、とむかついた。生業の塗装店など問題にしていないキャンペーンだったのだ。
 話は振り出しに戻り、デザイナーにそのことを話すと、
「そんなものですよ。マスの売上をねらってのことでしょうから」
 私のもの知らずを指しているようでもあった。
「いい店紹介しますよ。親切な人がいます」 会社の帰り寄ったその店は、親切に素人のやれる塗装のやり方を教えてくれた。
「床に塗る塗料をお使いなさい。いまの商品はよくなっていますから充分ご希望に応えられますよ。サウンド・ペーパーを最初にしっかり掛け、刷毛塗りをしてください。乾いてから広めの巾木を添え木にして、ペーパーを掛ける。また刷毛塗りをします。それを五回繰り返してください。そうすると、下塗り中塗り上塗りしたものに劣りませんから」
 その店で必要量の缶を買い、刷毛、サウンド・ペーパーも買った。三千円で済んだ。
 後日いわれるように塗つてみたが、なんとなく自分が描いていたできあがりには及ばなかった。
 そんなにして塗った書斎机は、それでも自分ですべて仕上げたというよろこびがあり、今日も私の前に居座っている。できれば後々までこどもにも使って欲しいと、昭和五十六年七月と制作日を入れている。(了)

  
 

by kuritaro5431 | 2012-08-13 19:02


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